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发表于 2011-9-10 18:10 | 显示全部楼层 |阅读模式
逃げろ!ベジータ君!

サイヤ人のみで結成されるフリーザ軍第4小隊で、かねがね待ち望まれていた慶事が迎えられたのは、ベジータが12歳の頃だった。

ある朝、いささか動揺を隠しきれぬ様子でナッパの部屋を訪れたベジータがその“報告”を告げると、ナッパは、号泣して喜び、土下座しながら祝辞を述べた。次いで、隣室のラディッツにも慶事が伝えられ、彼もまた狂喜して、サイヤの伝統作法である『八の字尾結び』を披露しながら王子を祝福した。

「精通バンザーイ!!精通バンザーイ!!」
「おめでとうございます王子!!これでやっと大人の仲間入りですね!!」
「声がでかい」

3人ともナッパの私室に篭り、スカウターの通信は切っていたが、部下2人の大声が廊下に漏れるのではないかとベジータは気が気ではなかった。
仮にも王族なのである。
性的な事柄は秘するべきという意識が非常に強かったし、なによりもまず、己の体の変化をまだ十分に受け止めきれておらず、困惑していたからだ。

「オイ、あんまり言うな。万一他のヤツに聞かれでもしたら」
「なんでだベジータ!!こんなにめでてえ事はねえだろ!!基地内に緊急放送かけてもいいぐらいめでてえ事だ!!」
「やったーー!!これでもう『ワラベ将軍の金魚の糞』とか『ガキヘッド連合のトカゲの尻尾』とか言われずに済むんだーー!!王子は大人になったんだーー!!」

天に向かって、両の拳を力強く突き上げるラディッツ……。
その拳がブルブル震えている所を見るに、これまでに余程の侮辱を上の者達から受けてきたであろう事が、ベジータには分かった。

「………」

なんとか静かにさせようとベジータが言葉をさがす間、部下のテンションはヒートアップするばかりである。このような性的な事柄で騒いで欲しくはなかったが、己の成長が誇らしいあまりの大はしゃぎである事は分かっていたから、なかなか咎めることが出来なかった。
ナッパに、「精通」という言葉を連呼されるうち、ベジータはだんだん恥ずかしくなってきて、俯いて黙りこんでしまった。

「こりゃあ、たまげた。すげえご馳走だなあ……」

…その日の夕方、3人はいつもの食堂ではなく、ナッパの私室で豪華な晩餐を囲んだ。
ラディッツが目をまんまるくして色鮮やかな料理を見回す。

「食糧班に大金握らせて特別に作らせたんだ。なんせめでたい日だからな、こんな日にモグロ料理なんか食ってらんねえよ」

優しい微笑みを浮かべたナッパが、スプーンでソースをすくい、湯気のたつポタージュに垂らして、サイヤの紋章を描き始めた。
それを見たラディッツが、目にうっすらと涙を浮かべた。
遥か遠い郷愁にひたっているようだった。

ベジータは、ポタージュに描かれたサイヤの紋章を目にすると、おぼろげな記憶をたどった。
今は無き、惑星ベジータの大地の色。
サイヤの王族のみが足を踏み入れる事を許される、厳かな王宮。
父から聞かされた数々の教訓と、母の穏やかな声音。
風にはためくマント、王宮の飾り窓、眼下にひれ伏す数多の同胞達、決闘場を一望できる真紅の観覧座……。

「じゃあ改めて!!ベジータ精通おめでとう!!イエーーーイ!!!」
「そういやナッパ!女の子が要るぞ!遊興施設に行って、王子に面通しする子を選抜しねえとな!」
「そのへんは抜かりねえぜ!すでにサイヤンハーレムに20人ばかし用意済みよ!この日の為に備えて、オレがコツコツとオークションで競り落としてきた上玉揃いだ!」
「……さっ……さすがだナッパ……。王子がちっちゃい頃から仕えてきただけの事はあるな……。この、ソースでポタージュに紋章を描いちまう手先の器用さといい……」
「当ッたりめえだバーーカ!それが下級戦士との違いってもんだぜ!なあベジータ!!」

「…………」

「ところでナッパ。この赤い飯って何だ?」
「何って、赤飯だよ」
「……せ?……赤…飯……??」
「この手の祝い事には昔っから赤飯って決まってんだろバカかお前は。なあベジータ。」

「…………」

「……いや……なんかそれ、ちょっと違うんじゃ……。まあ、いっか」

ベジータのセピア色のノスタルジーは、これらのしょうもない会話によってグッダグダにされたが、無邪気な部下はそんな事は知る由も無く、飲んで食って、サイヤの伝統武芸である『しっぽ相撲』をして、存分に祝祭を堪能したのだった。
……ベジータを置いてけ堀にして。

まったりとお祭りモードに酔いしれる暇も無く、その翌朝にはフリーザから出陣の指令が入り、ベジータ率いる第4小隊は侵略先に向かって基地を飛び立った。ナッパとラディッツは、いつもより元気に明るく侵略を果たし、とっ捕まえた大漁の捕虜を大事に持って帰ってきた。
それが、祝祭の夜から約3ヶ月後の事であった。

「ベジータさま、おめでとうございます」

基地に帰還し、隊列を組んで飛行場を歩いていると、一人の整備士がベジータとすれ違いざまに頭を下げながら言った。
その途端、ベジータがピタリと足を止めた。
早歩きだったので、後ろのナッパは慌てて止まった。
最後尾のラディッツは止まりきれず、ナッパの背中に顔面を激突させた。
鼻血がちょこっと出た。

「オイ貴様。今、何と言った?」

ベジータが、ゆっくりと整備士に振り向いた。その貌に、怪訝な色が滲んでいるのに気づくと、整備士はたじろいで直立不動の姿勢をとり、敬礼をしながらこう言いなおした。

「は、この度の、ベジータさまのご慶事、まことにおめでとうございます、と」
「『慶事』とは何の事だ」
「は、ベジータさまに、“ご成長の兆し”が見られたとの事で……」
「……。それは一体誰から聞いたのだ?」

整備士を見上げるベジータの視線が、ニードルのように尖りだした。
疑惑を孕んだ鋭い視線は、ナッパとラディッツにも向けられた。
ナッパとラディッツは、目をまん丸くして、黙って首を横に振っている。

「だだだ、誰と申されましても、その、もう基地中に、知れ渡っておりますが……」
「なにいっ!?」

怯える整備士の言葉を耳にした途端、ベジータは部下2人を交互に睨み上げ、「お前らもうバラしやがったのかーー!!」と怒鳴りつけた。
その隙に、整備士は、鼠のようにその場から逃走。股間はすっかり小便で濡れていた。
ナッパとラディッツは、首をブンブン振る動作に、右手をヒラヒラさせる動作も足して、『オレじゃねえ』アピールを必死に続けた。

<緊急会議> ~ナッパ私室に於いて~

「王子!信じて下さい!オレは誰にも他言してません!だって祝祭の後、すぐに出陣だったじゃないですか!誰にも言う暇なんか無いっスよ~~!」

ラディッツは床にきちんと正座して、すがりつくような目をして訴えた。
ナッパはその隣に立って、神妙な顔つきで顎をさすりながら呟いた。

「……オレ達はあの日、朝からずっとスカウターのスイッチを切っていた。外に情報が漏れるなんて、考えられねえぞ……」
「ナッパ、お前は食糧班に祝いの晩餐を作らせたと言っていたな。犯人はそこの連中じゃないのか」
「いやベジータ、それは考えられねえ。オレは『隊長の誕生日祝い』と言って奴らにご馳走を作らせたんだ。それに、奴らも賄賂を受け取ったことがバレたらタダじゃ済まねえし、ご馳走を作った事すら他言できるとは思えねえ……」
「では誰だ!!誰が情報を掴んでバラしたんだ!!」

ナッパの椅子に座って腕組みしたベジータが、イライラしながら怒鳴った。
聡明の額には、血管が一筋浮き出ていた。
己の秘するべき性的な事柄を、基地中に言いふらした低俗なスピーカー野郎を、早く割り出して〆たくて仕方が無いのである。

「……分からねえ」と、ナッパが困った顔をして、首をひねる。

「なあ、もしかしてこの部屋……盗聴されてんじゃねえ?」
「………」
「………」

ラディッツの、ふとした思いつきの言葉で、ナッパの私室の大捜索が開始された。
2人の部下が、壁紙を剥いだり、床に穴を開けて潜ったりして部屋中をくまなく調べまくる中、ベジータも自ら盗聴機を捜した。ナッパのデスクの引き出しを適当に漁っていると、一枚の写真が引き出しの裏からヒラリと落ちてきた。見ると、深緑色の髪の、色白の女が映っている。目は金色の狐目で、頭のてっぺんにちっちゃい角が生えている。素っ裸でうつ伏せになり、頬杖をついて可愛らしいポーズをとっているものだった。
ベジータはナッパの目を盗むと、「この泥棒猫が…!」と憎々しげに呟いて、写真を手の中で握りつぶして燃やしてしまった。

「おーいベジータ、そっち何かあったか?」
「いや。特に何も無いようだ」

ナッパの問いかけに、ベジータは平然と答えて、てのひらの灰をポンポン叩き落とした。
捜索は一時間程続いたが、結局、盗聴機の類は見つからなかった。
よって、犯人不明の謎を残したまま、ベジータは当分の間、奇異の目にさらされ続ける事になる。

そんな折、ギニュー特戦隊に夏休みが与えられた。
まるまる一ヶ月の長期休暇であった。
ギニューはフリーザを敬愛しており、フリーザも、そんなギニューの忠誠心をよく理解していたため、度々長期休暇を与えては“ご褒美”としていたのだった。

一方、サイヤ部隊はというと、滅多に長期休暇が与えられることが無い。
侵略計画の無い日が続いても、何かと理由をつけられては、基地に縛り付けられるのが常だった。

「ベジータさん。この間提出していただいた『任務報告書』の中に、誤字が一つありました。もう一度、はじめから書き直して再提出してください。分かっておいででしょうが、修正ペンはダメですよ?下書きも無しです。分かりましたね?」
「………」

目だけを逸らして押し黙るベジータに、フリーザは氷のような眼差しを向けたが、すぐに微笑みを作り、穏やかに続けた。

「本来ならば誤字一つにつき、尾打ち10発のお仕置きをする所ですが、まあ第4小隊には“おめでたいこと”がおありだったようですし。今回だけは特別に許してあげます。ほっほっほ」
「聞いたかベジータ。フリーザ様の温情に感謝しろ。……待て、最敬礼はどうした?最敬礼を見せてから退室しろ」

フリーザの横にはべるザーボンが、ベジータを見下し、尊大な口調で苦言を呈してくる。
ベジータは無表情のままで最敬礼をし、素早く手を下ろした。
そしてさっさとフリーザの部屋を出て、重厚なドアを閉めてから、「死ねッ!!」と吐き捨てた。
イライラしながら自室に戻る途中、曲がり角で運悪い事に、ギニュー特戦隊に出くわしてしまった。

「おおーーっと!!今軍内で噂で持ちきりのベジータちゃんだあ~~~!!サインちょうだいサイン!!勿論大人バージョンで宜しくうッ!!」
「オイ、バータ。ベジータ“ちゃん”なんて失礼だろ?もう子供じゃないんだから、ベジータ“君”だろ」

ジースがゲラゲラと嗤って、バータの背中を拳で殴りつけた。
最後尾のグルドは、なぜか恨めしそうにベジータを睨み上げており、不気味極まりない。
実に不快な軍団の横を、ベジータは走るようにすり抜けた。フリーザ+ザーボン+特戦隊の最凶コンボは、ベジータの嘔吐中枢をモロに直撃。
せりあげてくる吐き気で、ろくにモノが言い返せず、悔しかった。

「ベジータよ。我々はこれからロングバケーションに行ってくる。祝いの品として、何か土産を買ってきてやろう」

特戦隊の横をすり抜けたあと、先頭にいたギニュー隊長が声をかけてきた。
不思議な事に、その声には悪意や侮蔑の類が感じられない。心から祝福している風情ですらある。
驚いたジースがジャンプしてバータの背中におぶさり、ついでにヘッドロックをかけながら喚きたてた。

「ギニュー隊長!!何をおっしゃってんですか!?こんなヤツなんかに、お土産なんか買ってやる必要ないですよーー!!」
「ぐ、ぐるじい、」
「こらジース、お行儀が悪いぞ。ベジータは小隊長なのだ。一軍を率いる長として、もう少し敬意を表するべきではないか?バータ、お前もだ」
「ギャフン!すいません!」
「ぐ、ぐるじ……、すいま……」
「小隊同士の小競り合いなどもっての他だ。それは時間と労力の無駄でしかない。他の小隊に対しても、きちんと礼儀をわきまえ、適度な距離を保って接するように……云々」

穏やかに諭しながら、隊列を引っ張っていくギニュー隊長。
ジースもバータも、おとなしく隊長の“ありがたい訓戒”に耳を傾けている。
最後尾のグルドは、チョコチョコ小走り気味に隊列を追っていた。歩幅でかなりのハンデを負っているのだろう。

ヒラの隊員共はともかくとして、ギニュー隊長の言葉を聞く限り、案外まともな思考の持ち主なのではないかとベジータは思った。 しかし前を向き直った直後、背後から、

「4人そろって!!!ギニュー特戦隊!!!」

という、いつもの馬鹿げたフレーズが聞こえてきた。
壁面に声が反射してエコーまでかかっていたので、耳が爛れるかと思った。
ひと目見ただけで、角膜がねずみ色に濁ってしまうような、奇妙なポーズをキメているであろう事を想像すると、一瞬でもギニューがまともなヤツだと思い直してしまった自分を、ひどく後悔してしまうベジータなのであった……。

「ん?4人?」

訝しげに振り返った時には、特戦隊の姿は無かった。

時同じくして。

官僚搭では、冷や汗をかきながら廊下をダッシュするラディッツの姿があった。
「やべえ!やべえ!」と叫びながら、尻尾を腰に巻くのも忘れての大慌てである。

「オイ!!大変だあーーーーー!!!」

絶叫と共にバーンと開かれたのは、ナッパの私室のドアだった。
中に居たナッパが、ビクリと身を縮こめた。
左手に手鏡を持って、頭になにやらクリームを塗りつけているまっ最中だった。

「なっ……なんだラディッ……」
「大変だぞナッパーー!!のんきに養毛剤なんか塗ってる場合じゃ」
「うおりゃああああああああああああ!!!!」

絶叫しながらナッパは鷹のように舞いあがった。
鼠を捕獲するような鋭い軌跡を描いて、ラディッツのみぞおちに食い込んだ飛び蹴りの、なんと華麗なことか。
そうして床にダウンしたラディッツをおかまいなしに踏み越え、外の廊下をキョロキョロと確認して誰もいない事を知るとホッと息をつき、そっーとドアを閉めて、

「これは養毛剤なんかじゃねえ!!ただの日焼け止めだ馬鹿野郎!!」

と怒鳴りつけた。

「ぐはッ……いッ……息が……」
「んで?何が大変だって?」

何事も無かったように、ラディッツの体を起こしてやり、サイヤ式の回復のツボを押してやるナッパ。
この手の暴力は、サイヤ部隊の中では日常茶飯事なのである。
やられたラディッツも、特に不満は無いと言った感じで、素直にツボ療法の施しを受け、呼吸が正常に戻ると、ゆっくりと唾を飲み込み乾いた声でこう言った。

「リ、リクームが……、リクームの野郎が……、遊興施設の立ち入りを禁じられたぞ……」
「…あ?」
「それで、怒ったギニュー隊長が謹慎を言い渡したらしい……、しかも、特戦隊は今日から長期休暇で基地を出て行っちまう……!残されたリクームはこの基地で野放し状態だーー!!」
「そ、それがどうしたって言うんだ、何が大変なんだよ」

切羽詰った様子でしがみついてくるラディッツを、ナッパは気持ち悪がってグイグイ押し戻すが、ラディッツは離そうとしない。

「何がって…!ナッパ!お前知らねーのか!?」
「……だから何がよ?」
「馬鹿!!お前、リクームって言ったら……」

ラディッツはナッパの頭を両手で抱えて、説明をしようとした。
しかし頭皮に塗られたクリームで手が滑ってしまい、その拍子にコケた。

「さっきから何なんだよ、お前は」

不思議そうに首を傾げるナッパ。
ラディッツは、それを見ると、今度はオロオロと怯え出した。
侵略先で度々見せる恐怖の形相とはまた違ったその怯えように、ナッパは眉をひそめて、「ちょっと落ち着け」と言って、ラディッツの長髪を片手で掴み、畑から引き抜いた大根みたいに持ち上げ、ベッドの上に座らせてやった。

「うう……ヤバい……洒落にならん……」
「ラディッツ、深呼吸しろ」

言われるままに深呼吸を繰り返していると、ピッとスカウターに反応が出た。
ラディッツが、弾かれたように立ち上がる。

「この反応は……王子だ!!早く王子にこの事を知らせなければ!!」

<第二緊急会議> ~ナッパ私室に於いて~

「何の用だ!!オレはてめえと違って忙しいんだ!!くだらねえ用件だったらタダじゃ済まさんぞーー!!」

ラディッツに、無理矢理部屋に引っ張り込まれたベジータは、開口一番怒鳴りつけた。
しかしラディッツは怖気ることなく踏ん張った。

「王子!コレは死ぬほど重要な用件です!あのリクームが、公共遊興施設の性奴を一匹殺しやがったんです!ご存知の通り、公共性奴を殺した者は、軍法の規定により一ヶ月間、施設の立ち入りを禁じられるんですが……」
「リクーム?……ああ、さっき特戦隊とすれ違った時、一人足りないと思ったがリクームだったのか。なんだ、ギニューから謹慎でも受けたか」
「そ、その通りですッ!!」

ラディッツが、大きく何度も頷いた。
ナッパは壁にもたれて立って、2人のやりとりを静かに聞いている。

「それで?何が問題だというのだ」

ベジータはナッパの椅子に腰掛けて、イライラしながら質問をぶつける。
早くこの場から去って、報告書を書き直さなければならない。フリーザから期限が切られているのだ。

「も、問題というのはその!耳にするのもおぞましい話だと思うんですけど!リクームのヤツが、タダモンじゃないって事でして……」
「“タダモン”じゃないのは、リクームに限った事ではない。特戦隊の連中全員に当てはまる事ではないか」
「違うんです!オレの言ってるのは、その!性的な意味でです!実はリクームは、バリバリのホモ野郎なんです!その性的対象の範囲というのが、これまたタダモンじゃないです!ヤツのターゲットは、10代前半までの、精通済みの少年に限ります!そしてやり方も酷いです!相手をボッコボコに殴りつけて半殺しにしながら強姦するのが、最高のエクスタシーなんだと豪語するような、異常性癖者なんです!!」

ザアアアーーーーー……

ナッパとベジータの顔色が、みるみる白っぽく変わっていく。
「くうッ……!」とラディッツが頭を抱えた。まるでこの世の終わりといわんばかりの苦渋の表情を浮かべながら……。

ナッパの私室に、しばし、重苦しい沈黙が流れた。
壁にかけてある時計の秒針の刻音が、異様に大きく、まるで悪魔の足音のように感ぜられる。

「……変態じゃねえか」

ようやく口を開いたのは、ナッパだ。
一方、ベジータは椅子に座って腕組みしたまま、微動だにしない。……いや、出来ないでいた。
沈黙が破られると、ラディッツはベッドの上で正座した格好で、ふとももに拳を叩きつけながら泣き出した。

「そうだよ変態なんだよーー!!今回の男の子は、殴られすぎて“運よく”一発目で死ねたらしいからラッキーだけどな!リクームが狙った少年は全員1ヶ月以内に自殺してんだ!なんせヤツの性欲が半端じゃねえ!基地にいる間は1日に2、3人は犯る!それが毎日だ!若い男娼は数が少ないから狙われた少年はヘビーローテーションでボッコボコだ!そんな酷い目に遭い続けてちゃマトモな精神保てる訳がねえ!」

ザアアアーーーーー……

ラディッツのさらなる情報を耳にすると、ナッパとベジータは、その顔色を一層白く、暗くして、目の周りを青く染める事となった。ベジータに至っては、所々紫色に変色している部分もある。

「……マジモンの変態じゃねえか」

先程よりも長い沈黙の後、やっとナッパは口を開いた。その声にはすでに、恐怖心と、ハイレベルな警戒心とが入り混じっていて、低く慎重なものとなっている。
ベジータは口を手で覆って、「おえ」とえずいた。
無理もない。
今から大人の階段を上り始めようとしている穢れ無き少年にとっては、まさしく“耳にするのもおぞましい話”である。嘔吐を懸命に堪えているベジータの背中を、気を利かせたナッパがすぐにさすってやった。

「そうだよマジモンの変態なんだよーー!!特戦隊が……、いや!ギニュー隊長が帰ってくるまでの間、そのマジモンの変態が基地内を自由にうろつくことになるんだ!!新たなターゲットを求めてだ!」
「あ……新たなターゲット?」
「遊興施設の管理人から聞いたんだよ!!リクームの野郎、施設の出入り禁止をめぐって管理人と口論してる最中に、『他にもいい子が居るから別にいい』って唾吐きやがったんだ!」
「『他にもいい子』って、お前、ま、まさか……」

ナッパが、恐る恐るベジータの顔を見た。
ラディッツも、ベジータの顔を遠慮しがちに見つめた。その目には明らかに、憐憫の光が浮かんでいる。

「お、おい!悪い冗談はよせ!」

部下達の視線を感じ取ると、ベジータはラディッツを指さして怒鳴った。

「いい加減な想像はやめろーー!!一体何の根拠があって、このオレが標的になると決め付けやがる!!若いヤツは他にもいるはずだろ!!」

ラディッツは、かぶりを振って否定する。ふとももに置かれた拳が、ぎゅうと握りしめられた。

「現在軍内に、少年兵は王子以外に居ないんです……。こないだまで、トカゲ型のヤツが一人居ましたけど……戦死しました。もしそいつが生きていたとしても、リクームのターゲットからは外れていたと思います。なぜかと言うと、トカゲ類は気が弱いし全身鱗だらけで醜いからです。……王子、リクームの好みは、低身長で、目つきが鋭く気が強く、肌がなめらかで、なおかつ生まれ育ちの良い教養豊かなお坊ちゃんタイプの、生意気な少年なんだそうです。そういう、気位の高い“少年様”がボロボロに崩壊していくのを見るのが、楽しくて仕方ないのだと……」

そこまで言うと、ラディッツはそれ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。正座したまま、ガックリとうなだれて背を丸めて、塞ぎこむ様子は、なんとなくダンゴムシを思わせる。
ベジータも言葉が出ない。貌からはすっかり血の気が引いて、幾筋もの冷や汗が頬を伝った。
ベジータにとっては最悪の、トドメの“情報”であった。
黙って聞いていたナッパが、「ああ…」とうめいて、ヘナヘナと床にしゃがみこんだ。
ナッパの私室に、絶望という名の空気が満ちて、再び長い沈黙がやってきて、悪魔の足音が時を刻み続ける。

そして最後にベジータが一言、「護衛しろ」と誰にとも無く命じた。

ナッパは消灯時間間際になると、自分の部屋の中にベジータのベッドを突っ込み、横にならべて、共に眠ることにした。
ラディッツは別室にいて、夜の間リクームの動きを監視する役目を請け負った。

「眠れるか、ベジータ」
「うん」
「………」

ベジータの返事には、いつものあくどい覇気が無い。
心配になったナッパは、ベジータの方を振り向いた。ベジータはナッパに背を向けて横になっていた。スカウターが消音モードで作動し続けている。

「なあベジータ、もうスカウター切って寝ろよ。リクームの動きは、オレとラディッツがちゃんと見とくからよ」
「………」

しばらく黙って動かずにいたベジータだったが、やがてスカウターのスイッチを切り、毛布のなかにもぐりこんで丸くなった。
小さいため息が聞こえてきた。
そんな姿が、ナッパの目には、やけにちっぽけに見えてくる。

12歳のベジータ。

まだ精通したばかりで、精神状態は不安定のはずである。
女だって知らない、この清潔な少年にとって、リクームのおぞましいエピソードと、己がターゲットにされるかもしれないという予測が、どれ程の不安、不快感となって苦しめている事か。それを想像すると、ナッパは辛くて悔しかった。なんとしてでもこの清い少年をリクームから守りぬかねばならない。そう自分に言い聞かせながら、ナッパは暗闇の中で瞼を閉じた。

二日が経った。

寝ずの番を、ナッパとラディッツで交代しながら、リクームの動向を24時間見てきたのだが、特に変わった動きは見当たらない。
特戦隊の私室がある36階のフロア、同階のレストラン、おもちゃ屋、喫茶店等をうろつくばかりで、ベジータ達の私室のある33階には一向に近寄って来る気配が無い。
ギニューの謹慎命令を、お利口に守っているのかもしれなかった。

「はやとちりだったんじゃねえのか?」

ナッパが腕組みしながらラディッツに言った。
2人とも、ベジータの私室前の廊下で、あぐらをかいて座っていた。中ではベジータが、報告書をまとめている。

「冷静になって考えてみりゃよ、いくら性欲モリモリの変態モンスターでもよ、さすがに戦闘員に手え出す事は無いんじゃないか?だってバレたら極刑だぞ。それもヒラの戦闘員ならいざ知らず、上級幹部に手え出したなんて事になったらそれこそただの極刑じゃ済まされねえぞ?ほら、いつかあったじゃねえか、“エンドレス審問”ってのが」
「……ああ、覚えてるぜ。まず最初の六日間が、第三拷問官による屈辱SMショー、次の六日間が、第二拷問官による普通の拷問ショー、次の六日間が、三人の処刑官による生かさず殺さずのリンチ大会……。死なねえように気つけ薬打ったり、傷口をバーナーで焼いて血止めしたり……。ありゃあ本当に酷かった」

ラディッツは、顔を青くしながら訥々と語った。あぐらがいつのまにか、ちんまりとした体育座りになっている。
ナッパは天井を見上げて、記憶をたどりながら続けた。

「あの時の罪状が、確か不法姦淫、強制猥褻罪。加害者はヒラの戦闘員だったが、被害者が小隊長クラスのヤツだった。それも第17だか18だか……ずーっと下の方のヤツだ。ベジータは第4小隊長だし、フリーザさまからも目をかけられてる程の上官だぞ?普通に考えりゃそんな重役に手え出せるとは思えないがなあ……」
「うーん……」

難しい顔つきで、しばらく考え込むラディッツ。時々、ブツブツと唇を動かしては、こめかみを押さえてうんうん唸っていたが、「いや!違う!」と言って顔を左右に振った。

「確かにそうかもしれん!でも分からない!ヤツの行動を、普通に予測してちゃダメだと思うんだ!なんでかってーと、ヤツが全然普通じゃないからだ……。ナッパ、お前はいつも王子にくっついて、綺麗な上層部ばっかり歩いてるだろ。でもオレは、下級戦闘員のたむろす所や公共遊興施設もしょっちゅう行くから、上層には届かないゲスな噂が嫌でも耳に入ってくるんだ。リクームの悪評っつったら、半端じゃねえぞ。酷いなんてもんじゃねえよオレの口から言うのもはばかれるぐらいのイカレっぷりだ。……ううっ、思い出しただけで吐きそうだ……。」
「ラディッツ……」
「そんなイカレたモンスターを制することが出来るのは、ギニュー隊長ただ一人なんだそうだ。ギニュー隊長が居ない今、アレはもう壊れた暴走機関車みたいなもんだ……。ナッパ、オレは怖いんだ。今ヤツが大人しくしてるのが……何か企んでんじゃないかって、嫌な予感ばかりするんだ」
「………」

ひとしきり語り終えて、大きなため息をついているラディッツの眉間には、深いシワが寄っていて悩める哲学者のように見えてくる。
“嫌な予感”というラディッツの言葉が、なぜだかナッパにはひっかかる。
沈む船からは鼠が姿を消すと言うが、その鼠のごとく、弱者ならではの、下級戦士ならではの特殊なセンサーが、ラディッツの中で鋭敏に作動しているのかもしれない。
そう思うと、ナッパはラディッツの言葉を否定することが出来なかった。

「お前の気持ちは分かったぜラディッツ。じゃあこれからも、ベジータの警護を続けよう。二人で頑張ろうや」

ナッパがラディッツの丸まった背中を叩くと、ラディッツは真剣な面持ちのまま頷いた。

その日もリクームに変わった動きは見られなかった。
そして翌朝、起床時刻になると、ベジータはナッパを従えて私室を出た。
その手には、厚さ2センチ程の書類の束が握られていた。
ラディッツはベジータの私室前に留まり、見張りを請け負った。
エレベーターで最上階まで上り、フリーザの部屋の前まで来ると、ベジータはナッパに目配せしてドア前に待機させ、2回ノックをした。

「入れ」

中から、硬く冷たい声が返ってきた。
ザーボンの声だ。

「失礼します」

と早口で言って、すばやく部屋の中に入り込む。
中は、天井の高い、円形状のだだっぴろい部屋だ。
壁にはグルリとガラスが張り巡らされており、惑星フリーザ全体を見渡せるように設計されている。
床一面には純白のタイルが整然と敷き詰められており、それを真っ二つに切断するようにして、細長い黒絨毯がドア付近からまっすぐに敷かれていて、その末端にはフリーザの黒いデスクが置かれていた。
デスクの椅子に、フリーザが行儀良く座っている。
ベジータにチラリと目をやって、

「おや、おはようございますベジータさん。今日は良いお天気ですね」

と馬鹿丁寧に挨拶してきた。
ザーボンがフリーザの手前に赤い液体を満たしたカップを差し出し、スッと身を引いて、ベジータに冷たい視線を投げかけて

「用件は」

と無機質な声で訊ねてきた。

「報告書を持ってきました」

ベジータもまた、無機質な声で返す。

「おや。もう出来上がったのですか?どうぞこちらへ」

おいでおいでと、フリーザが手でこまねいた。
黒の絨毯を、綺麗に磨きこまれたブーツで踏みつけながら、ベジータはデスクに向かって早歩きした。歩いても歩いても、デスクに辿り着けないのではないかと思われた。黒い道が長く感じられるのは、その先に大っ嫌いなヤツが待ち構えているからだ。ベジータは無表情を保ちながらデスクまで到達すると、報告書をその上に置いた。

「どれどれ」

報告書を手に取って、ゆっくりと眺めるフリーザ。
まるで絵画でも鑑賞するように、目が愉快そうに細められている。
報告の内容など、これっぽっちも読んでいない。
ただ、紙面にビッシリと書かれた文字の中に間違いが無いかと、舐めるように隅々まで調べ倒すのである。

報告書の誤字探しは、フリーザの悪趣味の一つであった。

ベジータは、そのしつこい無意味な検分にうんざりしながらも、黙って終わるのを待ち続けた。

「……ふむふむ。結構です」

最終の頁に朱印を押すと、フリーザは少しつまらなそうな顔をして、ザーボンに書類を手渡した。ザーボンは、それを青いファイルに閉じて、壁にしつらえている巨大な棚の中に収めた。棚の中には、赤と青のファイルが、コレクションのように並んでいる。

「下がれ」

棚の鍵をかけると、ザーボンがベジータに命じた。
しかしベジータはその場から動かない。
「おや、」とフリーザが首を傾げる。

「ベジータさん、もう下がってよろしいですよ。第4小隊さんにはしばらく侵略の予定はありませんし、この際ゆっくり休んでください」
「フリーザさま、折り入ってお願いしたいことが」

赤い液体の入ったカップを取ろうとしたフリーザの手が、そこでピタリと止まった。
毒々しい爬虫類のような目が、チロリと、ベジータに向けられる。
それは睨みつけていた。
その目を隠すように閉じて、フリーザは、やれやれと大儀そうにため息をつくと、

「なんでしょうか」

と静かに訊いた。

「我々第4に、長期休暇を頂きたいのです」
「休暇?」

閉じられていた爬虫類の瞼が、ぱっくりと開く。
ベジータはなるべくその不気味な目を直視しないようにして、言葉を続けた。

「第4は、他の小隊に比べて出陣頻度が高いです」
「まあそうですね。それはあなた方が、他星侵略に向いている素質をお持ちだから、私はそうしているのですけど?」
「承知してます。我が民族は、その名の通り戦闘のさなかに幸福を見出す習性を持っており、フリーザさまの計らいによって数多くの星に赴ける事に常々感謝してます」
「じゃあいいじゃありませんか。これからもドンドンお仕事してください。殺戮は楽しいのでしょう?」
「はい。しかし、我々戦闘民族といえども戦いばかりの日々がこうも長く続きますと、さすがに食傷します。部下達は、侵略先と基地との往復だけの日常に疲れを感じているようで、近頃などは不眠まで訴える有様です。このままでは、第4全体の士気が下がり、いずれフリーザさまから出陣を命じられても、満足いただけるような仕事は出来ないのではないかと危惧してます。今、当分の間侵略の予定が無いとおっしゃったので、ちょうど良いのではないかと思うのですが」
「ほうほう、それで長いお休みをとって、気分転換をしたいと。そうおっしゃりたいのですか?」
「はい」
「なるほど。あなた方の事情はよくわかりました。して、長いお休みとは、いかほど?」
「一ヶ月程いただければ」
「ダメです」

グルン!と黒い回転椅子が回った。
無慈悲に背を向けたフリーザは、大きな背もたれに体重をかけてくつろぎながら、窓の外の朝日を眺めた。
却下を悟ったベジータは、急激に顔を歪ませた。
目つきが嫌悪丸出しになり、その悪意の視線で突き刺すように、フリーザの背を睨んだ。

「今、第2小隊は休暇で不在なのです。第3は、他星にお仕事に行ってまして、これも不在。私は、あなたの報告書を受け取った後に用事があるので外出しなければなりません。……つまり今日からですが。この上あなた方第4小隊まで基地を留守にされるとなると……。どうも心もとないですねえ~。もしも他惑星から侵略者がやってきたらどうしましょうかねえ」
「………。その報告書、期限はまだ4日ありました。自分なりに努力し、早く仕上げたつもりですがそれは評価の対象には成り得ませんか」
「評価!ほっほ!私はいつも評価してるじゃありませんか!その証拠にあなた方には、他の小隊よりもたくさんのご褒美を差し上げているでしょう?それはあなたの能力を高く買っているからです。だからこそ、私や第2小隊が留守の間、その敏腕をもってこの基地を守っていただきたいのですよ」
「どうあっても私の願いは聞き入れて貰えませんか」
「そうですねえ~……。第2小隊が基地に戻ってきたら、考えてあげても良いです。しかしその頃には、状況がどう変わっているか分かりませんし、お約束はできませんがね」
「分かりました。失礼します」

吐き捨てるように言って、きびすを返し、ドアに向かって早歩きしだしたベジータだったが、

「最敬礼」

とすかさずザーボンに命じられて、その歩みを止められた。
ギリリ、と歯が鳴った。
フリーザは勿論の事だが、この偉そうな態度の“腰巾着”には、毎度毎度、はらわたが煮えくり返ってしょうがない。
ベジータはさっと振り返り、背を向けたままのフリーザに対して、さも嫌そうに最敬礼をすると、再びきびすを返して黒絨毯を踏みつけていった。
重厚なドアをキッチリを閉め、スカウターのスイッチを切ったベジータは、「くたばれ!」とドアに向かって罵り、待たせていたナッパと共に官僚搭へ向かった。

「王子、休暇願い、やっぱりダメだったんですか……」

朝食の時間だというのに、30階の食堂は普段よりも閑散としていた。
キュイ率いる第3小隊が留守の為であった。
しかし戦闘員の数が減っていようが、サイヤ小隊に出される食事は、いつもと変わらぬモグロ料理だ。
今朝のメニューは、モグロの燻製とパンと、変な色のスープだった。燻製を薄く切り取り、パンにはさんで食べるという、モグロ料理の中ではかなりマシな料理であったが、そんなものでベジータの機嫌が直る訳が無い。

「駄目だ!あのクソ野郎、特戦隊が帰ってきたら考えてもいいなどと抜かしやがった!全く話にならん!」

ラディッツに言い返しながら、朝食をヤケ食いするベジータ。

「おいおいベジータ、もっとゆっくり食えよ。消化不良になっちまうぞ……」

ガツガツとモグロの燻製を食いちぎるベジータを、ナッパが心配してなだめすかしている時だった。

「ハローー!皆ゲンキかなーー!?」

食堂のドアを開けて、一人の戦闘員があらわれた。
馬鹿みたいに明るいその声は、普段聞き慣れぬものだったので、食堂内に居た戦闘員全員が一斉に振り向いた。
ベジータ、ナッパ、ラディッツも、反射的に目を向けた。

「いでっ!!」

食堂に入ろうとした際に、ドア口の上部に額を強打したその者は、「なんだコレ、ちっちゃいドアだな」と文句をつけて、少し身体を屈めて食堂に入ろうとした。
そうすると今度は、両の肩当てが、ドア口の左右に引っ掛かる。
長身で肩幅が広く、周囲を威圧するような、筋肉隆々の巨体……。
身体を斜めにしながら、食堂に入室してきたその者の逞しい腕には、全く不釣合いな可愛らしいピクニック用バスケットが抱えられている。
シンと静まり返った食堂内をキョロキョロと見渡し、サイヤ部隊が座するテーブルを見つけるとニカッ!と笑い、

「おーーいベジータちゃーーん!」

と大きく手を振り、スキップしながら近寄ってきた。

………リクームであった………。

ベジータもナッパもラディッツも、一生懸命目をこすり、何度も確認したのだが、何度見直しても、ソレは紛れもなくリクームであった。

(来たーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)
(げええ!!マジかよ!!マジで来やがった!!!!)
「ゲホ!!ゴホッ!!うげ!!」
「ありゃりゃ!ベジータちゃん大丈夫ぅ!?」

リクームは心配そうに叫ぶと、隣のテーブルから椅子を引っこ抜いて、ベジータとナッパの間に無理矢理押し込んで来た。
テーブルを挟んで、リクームの正面にラディッツが位置していたが、すっかり圧倒されてしまい、石のように硬直している。
ナッパもあまりの突然の事で、言葉が出ない。

モグロを食す、という大仕事を前にして、スカウターのチェックを怠ってしまっていたのだ。

「……何しに来た」

ベジータだけが、辛うじて声を出した。リクームの椅子の脚に尻尾を巻き付けて、そっとずらして遠ざけながら。

「何ってお食事だよ。これ見て分からないの?」

リクームが可愛いバスケットをポンと叩いて、ベジータに笑いかけた。それに反比例して、ベジータの顔色が険悪になる。

「……上の36階には、特戦隊専用の高級レストランがあるはずだ。なぜわざわざこんな下等級の食堂まで降りてきた」

ズリ、ズリ、ズリ。

ベジータの尾が、数ミリ単位でリクームの椅子を押し出してゆく。
そんな事にはちっとも気づかずに、リクームは太陽のような明るい笑顔でベジータの顔を覗き込み、答えた。

「いや~ちょっと色々あってさあ、オレ以外のメンバーが旅行に行っちゃって、オレ今、一人ぽっちなんだよ。しばらく一人で居たんだけど人恋しくなってさあ、それでこっちに遊びに来たって訳なのよ。ねえ~~ベジータちゃ~~ん。隊長達が帰ってくるまで、オレをサイヤ部隊のナカマに入れてくんな~~い?」

ズズズッ!!!

ベジータはたまらず、尻尾で椅子を思いっきり押し遣った。
その勢いで、リクームは派手にすっ転んだ。後方にあったテーブルの角に後頭部を激突させて、もの凄い音が鳴ったが、「あれえ?この椅子キャスターついてないのになんで勝手に動くのかなあ」と首をかしげながら、何事も無かったようにベジータの横に座りなおした。

「…………。仲間が欲しけりゃ他をあたれ」

ベジータが、モグロから滴る血をジッと見つめながら、低く呟いた。
殺気が尋常ではない。
ナッパとラディッツがビビッて、「ひいッ」と声を漏らした程だ。

「ええ~~!?いやだよ~~!他のヤツなんて、馬鹿だし雑魚だしつまんないよ~~!オレは賢くて強~~いベジータちゃんじゃなきゃ、ヤダヤダヤダ~~!」

リクームは幼児のように地団駄を踏んで、半分ふざけて泣き真似をする。
すると、食堂に居た他の戦闘員達が、沈黙を解いて徐々に雑談を再開しだした。
無邪気な態度のリクームを見て、サイヤ部隊に危害等を加える目的ではないのだと判断したようだ。
誰も気づいていないのだ。
幼稚に振舞うリクームの目の奥底に潜んでいる、猥雑な色と、醜悪な光に。

「我々第4が常に多忙なのは知っているだろう!!貴様なんぞの相手をしている暇など無いのだ!!とっとと失せろ!!」

ベジータは怒鳴ってテーブルに拳を叩きつけた。衝撃で、モグロの燻製が皿と一緒に跳ね上がり、べチャ、と気色悪い音をたてて落下した。テーブルクロスに、血と肉汁が飛び散って悪臭を放った。
ナッパとラディッツがビビッて、再び「ひいッ」と声を漏らした。

「おおーーっと!その手には乗らないよベジータちゃ~ん!報告書はさっき提出したんでしょ!?それにサイヤ部隊にはしばらく出陣予定は無いってフリーザさまがおっしゃってたよねえ!オレぜーんぶスカウターで聞いちゃったもんね!」
「……………」
「ありゃ。ベジータちゃん。勝手に会話聞かれたから怒ったの?ゴメンゴメン。でもオレ、ど~~してもベジータちゃんとトモダチになりたくて気になって……あ!そうそう!お近づきの印に、プレゼントも持ってきたんだよ~~」

怒りの形相を濃くして、固く腕組みしながら、歯を食いしばるベジータ……。
そんな様子などまるで無視して、フレンドリーな口調で喋り倒しながら、リクームはバスケットの蓋を開けた。

ふわっと甘い香りが漂った。

「あ」

とナッパが目を丸くした。
それからラディッツが、ガターン!と椅子と倒して立ち上がり、震えながらバスケットの中をゆびさした。

「……バナナ……バナナだあ……」

あうあぁ……と妙な喘ぎ声が漏れ、ラディッツの頬に一筋の涙が伝った。

バスケットの中にはバナナがぎっしりと詰め込まれていた。そのすべてが生のバナナだ。
サイヤ部隊が口に出来るバナナと言えばせいぜい、加工されたバナナチップスぐらいのものだったので、ベジータはその新鮮さに驚愕してバスケットの中を無意識のうちに覗き込んでしまった。

「へへーん凄いでしょ。オレ達特戦隊の領地は牧場だけじゃないのよ。果物畑も少し持ってんの。果物畑はこの基地から一番近い星にあるから、特急便ですぐに届くんだよ、生の状態でね」
「……う……」
「ど~お?ベジータちゃん。果物大好きでしょ~?好きなだけ食べていいんだよ~」

……目の前の大皿にはグロテスクな形状のモグロが生焼けの肉を晒しながら汚く横たわっている。
それに比べるとバスケットの中の果物は、天から恵まれた聖餐のように見えてくる。
その美しい黄色と、まばらに散っているシュガースポットの模様を見ていたら、恐ろしい程の飢餓感が襲い掛かってきた。
ベジータは迫り来る強大な食欲で自分がどうなってしまうか分からなくなってきた。そして、無理矢理に果物から顔を背けて、

「要らん!!」

と絶叫した。
溺れかけた者が、命からがら助けを求めるような、切迫した叫びだ。

「え!?要らないの!?」
「要らん!!そ、そんなエサで、オレの機嫌が取れると思ったら大間違いだあーー!!誰がてめえなんかを仲間に……!!」
「ちょ、ちょ、ベジータちゃん落ち着いて。分かったよもういいよ。ナカマは諦めるから……。でも、せっかく持って来たから、コレ食べてよ」
「要らんと言ってるんだ!!」
「あっそ。じゃあ、全部捨てるわ……。オレ、バナナってあんまり好きじゃないし……」
「捨っ………」

そっぽを向いていたベジータが、ギョッとしてリクームに振り返る。
リクームは、至極残念そうに首を振りながら、既にバスケットの蓋を閉じていた。「モッタイナイオバケがでちゃうなあ……」と、悲しげにため息をついている。

「す……捨てちまうん……ですか?」

棒のように突っ立ったまんまのラディッツがかすれた声で問いかけた。去り行く恋人を追うような、哀愁いっぱいの眼差しで、バスケットを凝視していた。

「うん……。残念だけど、ベジータちゃんが要らないって言うからさ……これはベジータちゃんの為だけに持ってきたから、もう用なしだ……」
「……モッタイナイオバケが……43匹ぐらい出ると思いますけど……?」

バナナの本数を正確に言い当てるラディッツ。

「だって……ベジータちゃんが要らないって言うからしょうがないだろ……オバケは怖いけど……我慢するしかねえんだよ……」
「でも、オバケ43匹ですよ?43匹っつったら相当の数ですよ?」
「うっせーな分かってるよ。でもベジータちゃんは要らないって言ってんだよ。なんだお前このヤロー、さてはこのバナナ狙ってんだな?お前なんかにはやらないぞー」
「ち、違います。オレはオバケの話をしてるんです。リクームさん、オバケの事舐めてませんか?絶対眠れないと思いますよ?それに呪いかけられたらどーすんですか?」
「……だって、ううっ……ベジータちゃんが……」
「食い物を、粗末にするな」

ちっちゃい声が、リクームとラディッツの問答に割り込んだ。
ベジータの声だった。 リクームとラディッツとナッパが、ハッとして視線を向ける中、テーブルの上に乗せた拳をガタガタと震わせて、声の主は続けた。

「貴様が、何も、見返りを求めんと言うならば、その果物、このオレが、受け取ってやってもいい」

途切れ途切れに言葉を紡ぐと、ギュッと唇を噛み締めて、ベジータはゆっくりと俯き、目を閉じた。

敗北だ。

ベジータは、果物の誘惑に打ち勝つ事が出来ずに、とうとう屈服したのだ。
フリーザ軍一を誇る悪食、モグロとの対比では無理もなかったが、果物の放つ強烈な魔力に負けたという事はリクームに負けたという事でもあり、それはベジータの自尊心を自ずと傷つける結果となった。
リクームはニタリと嗤った。
ベジータの負けを読み取ったのだ。
そして耳に手を当てて、

「え?ベジータちゃん?今なんて?」

と、わざと聞きなおした。
聞かれたベジータは黙ったまま、悔しそうに唇を噛み締めた。

「素晴らしいお言葉です王子ーーーーーーーーー!!」

バーーン!!とテーブルに手を叩き付けて、ラディッツが叫んだ。
その大声で、食堂に居た他の戦闘員が一斉に、「わー!」と驚いた。

「聞いたかナッパーー!!王子のおっしゃる通りだぞ!!く、食い物を粗末にするなんて、サイヤの道徳に真っ向から反する悪罪だ!!惑星ベジータじゃ、飯を残した野郎はどんな理由でも牢屋にぶち込まれたもんな!!オレ達サイヤにとって食い物ってのは、ソレぐらい神聖なものなんだ!!それを捨てるなんて、許すまじき悪行だ!!ここは仕方なく受け取るしかねえよな!!なあナッパ、そうだよな!?」

ボケッとやりとりを見ていたナッパに、ラディッツの尾がさかんに叩きつけられる。
(早く同意しろハゲ!!)と、必死の目配せがされている。それに気づくと、ナッパは「えあ!?」と頓狂な声をあげて、

「そ、そうだなうんうん!!受け取るしかねえな!!食い物を捨てるなんて大罪を、黙って見過ごす訳にはいかねえ!!サ、サイヤの魂が廃るぜ!!」

と、慌てふためいてラディッツに合わせた。
……ラディッツは即興で、そのような嘘を作り、王子の敗北をなんとか隠そうとしたのだ。
その優しい思惑が、ベジータにはすぐに分かった。
しかしそんな部下の心遣いが、ベジータの中では、よりクッキリと鮮明に、敗北の色を際立たせる事になってしまった。己の負けが悔しくてたまらず、ベジータは苦しげにますます深く首を垂れた。

「ああ、そう?良かった~~~。これでオバケ出なくてすむよ」

ニターと笑いながら、リクームはバスケットを開けて、バナナを一本千切り取り、ベジータに差し出した。

「はいどうぞ、ベジータちゃん」
「………」
「どうしたの?」
「………。本当だろうな……本当に何も……見返りを求めんのだろうな」
「んも~~~!ベジータちゃんたら疑い深いんだから……。そんな調子だから、いつまでたっても新しいトモダチが出来ないんだよ?」

「…………」

沈黙が続く。
ベジータは、リクームの顔を直視することが出来なかった。
目の前に差し出された果物をじっと見つめて、受け取るか否かを、もう一度悩みに悩み抜いていた。
ラディッツとナッパが、固唾をのんで見守っている。
……やがて観念したのか、ベジータは果物を受け取った。
部下達が、小さく息を呑んだ。
リクームは相変わらず、ニターと笑いながら少年を見ている。
ベジータの眼中には、今、バナナしかない。
100%中、150%ぐらいバナナ、といった感じであろうか。
正気な状態と、アレな状態とを行ったり来たりしている、理性の危うさ……そんな狂いかけた状態でもバナナの皮を正確に剥かせるのだから、サイヤ人の食欲とは凄まじいものである。
きちんと四分割された皮の中から、白く美しい果肉が現れた。
芳香は、モグロの悪臭の中で残酷なまでに倍増し、脳天を突き抜けた。
グラグラと眩暈がしてきて、ベジータは死にそうになった。

きつく閉じられていた唇が、ゆっくりとほどかれる。
まだ幼い清楚な唇が、震えながら少し開いて、白い歯がチラリとのぞいた、その時だった。

「ちょっと待ったあああああああ!!!!!」

ビュオッ!!

突如、カマイタチのような暴風がベジータとリクームの眼前を吹き抜けたのである。
風の威力で、2人の髪がほぼ真横になびき、吹き去った後のベジータの手の中からは、バナナが消失していた。
ハッとしてベジータが顔を上げると、ラディッツが、奪い取ったバナナをモグモグ!と食っていた。
ベジータは訳が分からず、ポカンとした。
ナッパも同じく、ポカンとした。
しかしリクームだけは、ジットリと、恨みがましい眼差しをラディッツに向けて、舌打ちをした。

「ベジータちゃん!バナナはまだまだあるよ!」

すぐにバスケットから別のバナナを取り出して、ベジータの手にしっかりと握らせるリクーム。しかしそのバナナも、瞬時にラディッツが奪い取り、あっという間に食ってしまった。

「な、何してんだよ、ラディッツ」

訳のわからぬまま、ナッパがラディッツに問いかけると、ラディッツは無言で、尻尾をナッパの尻尾にピタリとくっつけてきて、コソコソと動かした。

「……えっ……ああ!?」

途端にナッパは慌てふためき、ベジータとリクームの顔を交互に見比べる。
そして、「まだあるよ!」と、速攻で新しいバナナを取り出すリクームの顔を見て、ドバーーと冷や汗を噴き出した。

「王子ーー!!“サイヤの祈り”の時間ですよ!!早く行きましょう!!」
「や、やべーぞベジータ!もう2分も過ぎてるぞ!ご先祖さまに祟られちまうぜえええ!!」
「……え?…おい……お前ら」
「リクームさんバナナご馳走様でした!!」

混乱しているベジータの手を無理矢理引いて、ナッパは猛ダッシュで食堂から逃走。
後続のラディッツは、バナナの皮を床に撒きちらしトラップにしながら食堂を脱出、ドアをピシャリと閉めて、廊下を駆けていった。
一人テーブルに残されたリクームは、サイヤ人達を追う事はなかった。
ただ、笑顔を完全に消し去ったその貌に、暗い遺恨の色を浮かべ、けたくそ悪そうに床に唾を吐き捨てただけだった。

「お前ら一体なんの真似だ!!『サイヤの祈り』とはなんのことだーーー!!」

……3人のサイヤ人が急いで向かった先はナッパの私室であった。
無理矢理引っ張ってこられて、バナナお預けのベジータ。
その激怒は無論、半端ではない。
尻尾で床をバンバン叩きまくりながら部下達を叱責する。特にラディッツに対する怒りがすさまじい。

「お、王子!!リクームのヤツ、王子の顔をずーっと新型のスカウターで盗撮してやがったんですよ!!パネルに録画の表示が出てたから間違いないです!!」

ラディッツが土下座の格好で懸命に説明する。ナッパは青ざめた顔をして弱弱しく俯いていた。

「オ…オレは気づかなかったぜ……。ラディッツが“しっぽ語”で知らせてくれるまでは……。あの野郎、仲間に入れろとかなんとか抜かしてたが、最初っから、盗撮目的でバナナを持って近づいてきたんだ……」
「……?……盗撮?……オレの顔を?……なぜだ?」
「き、決まってんじゃないですか!!ズリネタにするためですよ!!じゃなかったら、なんのためのバナナなんですか!?」
「うわああ……気ッ色わりい~~……」

気色わりい~、気色わりい~、と呻きながら、2人の部下は腕やら肩やらをしきりにさすって怯えている。
しかし、ベジータにはいまいち事情が飲み込めない。何をそんなに気持ち悪がるのかと。
そして尻尾を腰に巻き、腕を組み、首をちょっと傾げた。

「ラディッツよ」
「……な、なんですか王子」
「『ずりねた』とは一体何だ?」
「……………」

不思議そうにたずねてくる、12歳の少年の、無垢な顔。
その、純然たる貞節。
まるで穢れを知らない清浄な体の、高貴の生まれの王子を前にして、ラディッツはめいいっぱい見開いた目に困惑と憐れみの涙を溢れさせ、「ふぐう!!」と床にうずくまって号泣してしまった。
うわーー!とラディッツが泣き叫ぶので、ベジータは余計に困った。

「ベジータ……オレのデスクに、隠語事典ってのがあるだろ……。それで調べりゃ分かる。……結構ショックな内容かもしれねえけど……どうかその……しっかりと受け止めてくれ」

ナッパは眉間を押さえながらそう言うと、ベジータに背を向けた。
2人とも苦悶の様相を見せていたので、一体何事なのかといぶかしみながら、隠語事典を手に取った。
調べてみると、目的の単語と一緒に多数の用例が並んでいる。
その中に『バナナ・棒状アイスキャンディー・その他』という項目があり、綿密かつリアルに説明されていた。
ベジータは目を疑いながら何度も読み返し、バサッと事典を落とすと、凍ったように動けなくなった。
……しばらくして「おえっ」と、えずいたので、ナッパは慌ててベジータの背中をさすってやった。

「ギニュー隊長が帰ってくるまで、ハーレムに篭ろう」

30分ほど経ってようやく平静を取り戻したラディッツが、神妙な口調で提案した。ナッパは膝をポンと叩いて、

「その手があったな」

と頷いた。

基地の一階フロアからは、いく筋かの通路が外に向かって放射状に伸びており、それぞれの先に、遊興施設があった。
公共の遊興施設は巨大で、合わせて3つあった。
その他に、上級幹部だけに許された、私設の遊興施設もある。
一番北に位置する、サイヤ人専用の遊興施設。
ここに入るには、パスワード入力、瞳の照合など、厳しいチェックを何度もクリアしなければならず、サイヤ人以外の者は決して侵入できない仕組みになっている。
もしも他の者が不法侵入した場合、軍法に則ってしかるべき刑に処される。

「……どこの馬の骨とも分からんような、下衆な女共と寝食を共にしろと言うのか」

ベジータはムッとして文句を言ったが、「しょうがねえよ、他にどんな手があるんだよ」とナッパに言われると、口を尖らせてそっぽを向いた。

「女の子達には、王子に話しかけたり触ったりしないように厳しく言い聞かせますから。とにかくハーレムに行きましょう」

色とりどりの鍵束を手に持って、行き渋るベジータの機嫌を取りながら、ラディッツとナッパは一階フロアに向かった。

一階の広大なフロアには、下級の戦闘員達がひしめいていた。
私室を持たない者達ばかりなので、昼間はこの場所に集まってくるのだ。そして暇つぶしに賭け事をしたり、公共遊興施設の入り口で値切りを粘ったり、低俗な噂話に興じたりして過ごしている。
ベジータは、このスラムのような汚い一階フロアが大嫌いだった。
ラディッツは、そんなベジータの機嫌をとりながら、先頭に立って早足で導く。

フロアにどよめきが起こった。

わっと驚いて、壁にはりついて敬礼をする者が続出した。
気づかずにボーっとして座り続ける鈍いヤツは、ラディッツに無言で蹴飛ばされた。
大勢の者が、信じられない様子で視線を向けている先に居るのは、ベジータだ。

「早く歩け!」

ベジータがラディッツに命じた。

「くそったれ共……ゴミの分際でこのオレ様の顔をジロジロと」
「てめえら何見てんだコラー!頭が高えんだよ土下座してやがれー!」

すぐにナッパが、周囲に一喝する。
するとその周辺に居た者達が電気を打たれたようになり、目を逸らしたり、本当に土下座したりして、ベジータから視線を外した。
いつもなら、エレベータから降りると真っ先に玄関に向かう第4小隊長が、いきなりフロアの奥にやってきたのだ。そんな事は今までに無かったことなので、その者達はすっかりと驚いて、ベジータが早足で歩き去った後は、野外やら非常階段やらに走り逃げていった。
……連中が、逃げた先でどんな噂をたてるのかと思うと、ベジータはもうそれだけでムカムカとしてきて、走り去るヤツら全員を抹殺したくてしょうがなかった。

「リクームは……36階にいるな」

ラディッツが早歩きしながら、スカウターで敵の位置を確認した。

「ナッパ、余ってる部屋ってまだあったか?」
「えーっと、確か、翠の部屋と、赤の部屋が空いてたっけな」
「そっか。じゃあ王子にどっちか選んでもらおう」
「早くハーレムに入ろうや。ヤツに気づかれねえうちによ」

自然とナッパとラディッツの足が速まる。
サイヤンハーレムに通じる第一の扉が、一階フロアのどんづまりに見えてきた。
ラディッツはだんだん気が急いてきて、駆け出した。そして、

「この扉ではまず、指紋の照合と10桁の暗証番号を」

と口走りながら、扉の横にあるパネルに触ろうと腕を伸ばした時だった。

バシャーーン!!!

扉近くの、大きなガラス窓が割れて、陽光に照らされながら透明の破片が空中を舞った。
その煌きの中、外から大きな岩のような塊が飛び込んできて、ラディッツの前にドスンと着地したのだ。
シャラシャラと音を立てて降るガラスを浴びながら、その塊はぬうっと立ち上がり、ぐるんとラディッツに振り向いて

「どこ行くのお~~?」

と、おどけた調子で訊ねてきた。
その顔には、汚らしく、粘っこい笑みが張り付いている。
突然の出来事で、ラディッツが目を丸くして硬直していると、「とう!」と奇妙なポーズをとり、丸太のような豪腕で、扉横のパネルを覆い隠した。

………リクームであった………。

ラディッツも、ナッパも、ベジータも、一生懸命まばたきして、何度も目を凝らして見直したのだが、変なポーズをキメているその男は、紛れもなくリクームであった。

(出たあーーーーーーーーーーーーーーー!!!!)
(出たあーー!!バレちまったーーーーー!!!!)
「軍法129条建造物損壊罪だーー!軍共同施設部分を破壊した者は最高司令官の処断により50日以内の禁固及び相応の罰金を課せられる!ナッパーー!この件を今すぐ法務に通告しろーーー!!」

ベジータが咄嗟に叫んだ。
しかしリクームは、ニタニタと余裕の笑いを見せながらこう言った。

「通告~~?別にいいよ~~。フリーザさまは今、この基地にいらっしゃらないし、法務にチクッたって、どうせ保留案件だ」
「……あっ!!」

ベジータが声をあげた。
そしてギラギラとリクームを睨みつけながら、唇をかんだ。
気味の悪いリクームの動向ばかりに気を取られていたために、フリーザの不在の事を忘れていたのだ。

「どこかの施設をまるごと破壊したんだったら、フリーザさまはすぐに対応するかもしれないけど、こ~んな窓ガラスの一枚や二枚で、いちいちお戻りになるとは思えないしねえ~~」

とうっ!と掛け声と共に、違ったポーズを見せ付けるリクーム。
ポーズが変わっても、パスワード入力パネルはしっかりと隠されたままだ。
そのあからさまな“とおせんぼ”に、ラディッツとナッパは凍りついて真っ青になった。

「……そこをどけ。今すぐにだ」

ナッパの後ろに半身を隠したベジータが鋭く睨みつけ、ドスの利いた声で命令した。

「ベジータちゃん、一緒にあ~そぼ」

何も聞こえなかったように、リクームは笑う。

「どけと言っているんだ」
「え~。なんで~?」
「我々はこの先に用がある。貴様の無駄にでかい図体が邪魔で通れん。さっさとどけ!」
「この先って……ハーレムじゃないの。ベジータちゃんみたいな子供には、まだ女なんか早いって。それよりもオレと楽しい事して遊ぼうよ。女なんかよりも、もっともっと楽しいよ~~~。へへへへへ」

それは一見、無邪気でマヌケな、道化師の面であった。
しかし、その面に一瞬、おどろおどろしい魂胆と、醜怪極まりない邪欲とが一体になり、鉛色の陰となって落ちたのを、ベジータは見逃さなかった。
それを目にすると、ベジータは心底ゾッとして、ナッパの背後に完全に身を隠してしまった。
あまりのおぞましさに、声が出ない。
ナッパの尻尾を見ると、毛がピリピリと細かく震えていた。
これは、緊張の証拠だ。

「ベジータちゃんがオレと遊んでくれるっていうなら、どいてあげてもいいよ。あ~、ナッパとラディッツはどっか行ってね。オレはベジータちゃんとだけ遊びたいから」

とうっ!と、またもポーズを変えて、リクームは喋り続ける。
サイヤ部隊が黙り込む中で、リクームは何度もポーズを変えて、とおせんぼを続けた。

「リ、リクームさん!!さっきから見せてくれてるそのポーズ、超カッコイイですね!!!」

ラディッツが思い切って叫んだ。
無理して叫んだためか、声が半分裏返っていた。

「あん?なんだよいきなり」
「あんまりカッコイイんで、オレは言葉を失っちまいましたあーーー!!そのポーズはやはり、ギニュー隊長から指南されたものなんですか!?」
「え?いや、違うって、これはオレのオリジナルの……」
「ええええ!?オ、オリジナル~~~!?し、信じらんねええええ!!リクームさんは強いだけでなく、そんな芸術的センスも併せ持ってんですか!?すっげーーー!!オレ、何にも取り柄が無いから、憧れちゃいます!!」
「え……?そ、そう?」

とうっ!とリクームは、また違ったポーズを見せた。
褒められて、ちょっと浮かれているようだ。ほっぺが桃色になっている。

「ギャーーー!!すげーーーー!!どれも甲乙付けがたいポージングですね!!リ、リクームさん!!是非オレにも、そのカッコイイファイティングポーズを伝授してください!!お願いします!!」

長髪を上下に振り乱しながら、ラディッツは何度も頭を下げて懇願した。
よく見ると、ラディッツの尻尾の毛が、波打つように蠢いている。

『ナッパ、今のうちに、王子を連れてこの場から離れろ。オレがなんとかリクームを誘導して、他の場所に連れ出すから、その隙に王子をハーレムに入れてやってくれ』

そのしっぽ語を読み取ったナッパは、後ろにベジータを隠したまま、そーっと後ずさりした。
ラディッツはテンションをあげてジャンプしたり、土下座したりと、リクームの気を引くために必死に演じていた。
王子を救うために、なりふりかまわず卑下ているその姿に、ナッパは目頭が熱くなった。

「ううむ。しょうがないなあ。そこまで言うなら、お前にだけ特別に教えてやろう。じゃあまず、片脚立ちのやりかたから……」

リクームの浮かれた声を聞きながら、ナッパはベジータを連れてエレベーターに乗り込んだ。

スカウターで、ラディッツとリクームの動きを見守りながら何時間も待ったが、二人がハーレム入り口付近から動くことは無かった。
そのうちに消灯時間がやってきた。

「6人そろって……ギニュー特戦隊……6人そろって……ギニュー特戦隊……キマッターー……」
「ラディッツーーー!!しっかりしろーー!!」
……ラディッツは変わり果てた姿で帰ってきた。
自慢の見事な長髪は、ボサボサに乱れて完全に艶を失っていた。
頬はこけて、まるでコジキみたいにみすぼらしくなっていた。
ナッパは正気に戻そうと、何度もその頬をビンタしたが、ラディッツは半分あの世にぶっ飛んだ目をしたまま意味不明のうわごとをくりかえすばかりだ。
尻尾の毛が半分程抜けて、まだら模様になっているのに気づくと、ナッパは目をひん剥いた。

「こっ!これは“サイヤうつ”の前兆じゃねえか!!ラディッツはもうダメだぞ!!」
「なんだと!?」
「くうっ……たったの数時間で、こんな状態になっちまうなんて……よっぽどむごい調教にあったにちがいねえ……。悔しかったろうな……恥ずかしかったろうな……」

ナッパは、ラディッツが憐れで仕方なかった。
地蔵のような真面目くさった面のラディッツの頭をそっと撫でてやると、「キマッター……」とうわごとを呟いた。ナッパは、諦めたようにため息をついた。
非情なベジータも、さすがに今回ばかりはラディッツに同情せざるを得ない。
いくら下級戦士といえども、ラディッツはサイヤ人なのだ。その誇り高い民族の血を引く者が、リクームの、バカ丸出しのファイティングポーズを何時間もぶっ通しで真似続ける事は、地獄にも等しい恥の極地であったはず……。

「ナッパよ。パキの実は無いのか?」
「無い。ゾロの実も無い。あの系統の種は、全部惑星ベジータに置いてきたまんまで……」
「そうか。では自然治癒を望むしかないのか」

“サイヤうつ”とは、過剰なストレスによって引き起こされる、サイヤ人特有の精神疾患である。
特に、サイヤの誇りを著しく傷つけられた時に発症しやすい。
精神疾患であるため、軍のメディカルマシーンでは治せない。
さらに厄介な事には、一度この病気にかかると、なかなか完全治癒は見込めず、後遺症として『怖気癖』が残ることがあるのだ。
つまりラディッツは、今以上にヘタレに成り下がる可能性があるというわけだ。

「とにかく、ラディッツをゆっくり休ませよう。何も考えさせないようにしないと……」

ナッパはラディッツをぶん殴って、気絶させてやった。

その後3人はナッパの私室で眠った。
少々窮屈だったが、サイヤうつになりかけのラディッツを見守るためでもあったので仕方が無い。
うっかり自殺しないように、ラディッツには猿ぐつわを噛ませておいた。

日の出を見ると、ナッパは、まだ眠そうなベジータを連れて、部屋を飛び出した。
狭い非常階段を一気に舞い降りて、一階フロアに到着。

「急ごうベジータ!ヤツがまだ眠ってる間に……!」

ナッパはベジータをおぶって、まだ誰も居ない一階フロアを飛ぶように駆けた。ベジータは、殆ど眠れなかったのか、ウトウトとしながらナッパに身を預けている。
サイヤンハーレムに通じる第一の扉が、目前に迫ってきた。
ナッパは十桁の暗証番号を記憶の中から引っ張り出しながら、扉横の入力パネルに指を向けて猛スピードで疾駆した。

「おはようなぎパイは夜の素敵なお菓子だよーーーーーー!!!!!!」
「げえーーーーーーーー!!!!」

意味不明の大声がして、突然目の前に、奇ッ怪なイキモノのにやけ顔がドアップで現れた。
意表をつかれたナッパが絶叫し、キキーと音をたてて急停止したが、勢い余って止まりきれなかった。
そのまま床を滑ってしまい、まっすぐに伸ばしていた人差し指が奇ッ怪なイキモノの片目にズドン!と直撃……したのだが、瞼が硬く閉じられていたので目潰しまでには至っていなかった。

……奇ッ怪なイキモノとは、言うまでもなく、リクームである。
昨日外から蹴り破ってきた窓から、またもや追跡してきたのだ。
油断も隙も無いその執拗さに、ナッパは身震いした。
背中におぶっているベジータが、小さく息を呑むのを感じた。
リクームの奇声で、完全に目が覚めたのだろう。

「どこいくのお?」

リクームは、体中にくっついたガムテープをバリバリ剥がして訊いた。割れた窓に応急処置として張られていたものだ。
そしてすぐに、「とうっ!」と言って、変なポーズをしながら筋肉質の脚を高くあげて、入力パネルを隠すのである。
とおせんぼだ。
ナッパはボタボタと冷や汗が出てきた。
そして、なるべくリクームを刺激しないように、温厚な口調で話しかける。

「いや、あははは。えーと、朝の体操……、体操ですよ。わ、分かるでしょう?ベジータのパンツが濡れちまう前に、中の女と体操させてスッキリさせようと思って」
「なんだって?こんな朝っぱらから、なんて下品で破廉恥な事をさせるんだ。ベジータちゃんは、まだ12歳の子供なんだぞう?けしからんヤツめ~」

そんな事させたら気高いベジータちゃんが汚れちゃうだろ~、と言って、ほっぺを膨らませて怒るリクーム。
勿論、脚で入力パネルを隠したままだ。
絶対に、ハーレムの中にベジータを入れない気でいるのだ。
首をニューと伸ばして、ナッパの背におぶさっているベジータを見ようとするその目には、異常な好奇心とトチ狂った欲望が表れており、ギョロギョロと化け物みたく動いた。

……ふと、ラディッツのちんまりとした体育座りが、ナッパの脳裏に浮かんだ。
ラディッツが漏らしていた不安は、見事に的中していたのだ。
今、目の前にいるバケモンの、不気味に狂った目付きが、それを立派に証明しているではないか。
この非常事態を、どのように回避、解決すれば良いのかと、ナッパは必死に知恵を絞った。
後ろにおぶさっているベジータは、黙り込んで息を殺している。

怯えているのだ。

リクームの変態性に怯えて、ナッパの背中にギュッとしがみついている……。

「……リ、リクームさん。あのー……。オレにもその……ファイティングポーズの指南を、お願いできないですか」
「ん?」
「……実はオレ、ずっと前から特戦隊に入りたいなーって思ってて……」

ナッパは結局、新しい策をひねり出すことが出来なかった。
なんとかベジータを救いたくて、頑張ってみたものの……。何も思い浮かばずにただ、ラディッツの戦略を模倣することしかできなかったのだ。
己の知恵の乏しさに、ナッパは悔し涙を流して泣いてしまった。
リクームはというと、その涙を、本気の懇願と勘違いして受け取ったようで、

「ううむ、そうかお前もか。そこまで言うなら、しょうがないから教えてやるか。んじゃあ、片脚立ちのやりかたからいくぞ」

と言った。
リクームが指南を始めると、ナッパはそっとベジータを床に下ろし、『逃げろ』としっぽ語で伝えた。

「ちっがーう、そこの角度はこうだ。なんだお前、下手っぴだな。ラディッツはもっと上手くやってたぞー?」

リクームの浮かれた声を聞きながら、ベジータは見つからないようにエレベーターまで後ずさりし、すばやく乗り込んだ。
33階に上りながら、リクームがバカで良かったと安堵したのだが、ナッパから暗証番号を聞き忘れたことに気づき、なんとも嫌な予感がしてきた。
ナッパの私室にたどりついても、落ち着くことができなかった。

「無い、無い、おかしいなあ、写真が無いぞ」
「ナッパ!!畜生!!目を覚ませーーーーー!!」

ナッパは、消灯時間間際になって、ようやく帰ってきた。
しかし、デスクの引き出しを何度も開け閉めするという強迫的な行動を繰り返すため、精神になんらかの支障をきたしていることは明らかだった。
ベジータはキックをかまして正気に戻そうとしたが、蹴るたびに、ナッパは血走った目を向けて、「なあに、オレは大丈夫だ、ベジータは先に寝てろよ」と引きつった笑顔を見せ、再び引き出しの開け閉めを繰り返すのである。

「な……なんて事だ……」

ナッパの尻尾を見て、ベジータは呻いた。
あちこち毛が抜けて、斑になっている。
……サイヤうつの前兆だ。
ナッパもラディッツと同様に、相当の屈辱に苦しめられたのだ。
この時ベジータは、あの緑色の髪の女の写真を燃やしてしまった事を、激しく後悔した。
ナッパが必死に写真を探す様を見る限り、おそらくあの写真は、ナッパにとっては精神安定剤にも匹敵する安楽の効果をもたらす代物だったのではないか……。

「ナッパ……十桁の暗証番号を教えろ……」

狂ったように引き出しの開け閉めをするナッパに、ベジータは静かに訊ねた。
するとナッパは、手を止めて、首を何度も捻った。

「えーーーっと。なんだったかな……。ちょっと待ってくれ、思い出せねえなあ……あれれ?」
「くっ……ナッパ……」
「ちょっと待っててくんねえかベジータ、写真があれば思い出せると思うんだ、写真が……写真写真」

ナッパは一生懸命思い出そうとしたが、すぐに写真の捜索に戻ってしまった。
サイヤうつの症状の一つ。健忘症であった。

「……もういい。……お前も寝てろ」

ドーーーーーーーーーーーン!!!!

ごく小さめのギャリック砲を、至近距離から背中にぶち当てて半殺しにすると、ベジータは白目をむいたナッパをベッドに寝かせてやった。
ラディッツが衝撃音で目を覚まし、夢遊病者のように起き上がって変なファイティングポーズを決めたので、そちらにも小さめのギャリック砲を撃って半殺しにした。

「お前らには十分な休養が必要なのだ。しばらく眠っていろ」

部下思いの上司を持った事に感謝するんだな、と平然と言いながら、ベジータはナッパの椅子に腰掛けて腕を組んだ。

「クソッ!これからどうすればいい……どうすれば……!」

ベジータは壁の時計を睨みつけた。
そして目を閉じて、思索をはじめた。

……消灯時間内に、部屋から出ることは不可能だった。
この基地では消灯時間になると、昼間は地下に務めている法務の者達が各階に上ってきて、監視の為に廊下をうろつき始めるのだ。
真面目に燭台を手にして見回りをする者もいるが、中には小間使いなど従えて、異世界の狂歌を口ずさみながら遊び半分で散歩する者もいる。
そんな者に、万一廊下で出くわしてしまえば、命の保障は無い。
法務を司る、審問官、拷問官、処刑官は、実に様々な法術を使う。
その殆どが、死に対して異常な興味を持つ『闇の者』達であり、己の愉しみだけの為にフリーザに服従しているような悪趣味な輩ばかりだ。
たまたま夜の廊下で、“呪いの目”で見られたために即死した戦闘員も、過去に何人かいた。
だから夜は絶対に動けない。
陽がのぼるのを待つしか無いのだ。
さすがのリクームも、法務の目を潜り抜けて夜の基地内を移動するリスクは避けているのか。
スカウターで位置を確認してみても、動きは無い。
しかし、一体何を考えているか計り知れない敵であるだけに、ベジータの緊張は一晩中解けることは無かった。
部下2人が不能になってしまった今、ベジータはたった一人で策略を練らなければならなかった。

翌朝、起床の時刻になると、ベジータは二階にある機器専門の売店へと向かった。
スカウターで見ると、リクームが追ってくる様子は無い。
昨日までは抜け目無く自分を追ってきたというのに、今朝は何も動きが無いことが逆に不気味に感じられる。
部下を従えていないこともあり、ゾワゾワとした不安が止まなかった。

「スカウターを買いたい」

売店の小窓の中は真っ暗で、覗き込んでも何も見えない。
その小窓からせり出している小さな台に、黒いカードを差し出すと、中から真面目くさった声が聞こえてきた。

「おや、これは珍しい。ブラックカードでございますか。では、スカウター以外にも、何か特殊武器などご要りようで?」
「欲しいのはスカウターだけだ。在庫は今いくつある?」
「……。今ございますのは……200……240程ですが」
「全部よこせ」

トントン、と黒いカードを指で叩き、ベジータが催促をすると、中から乾いた咳払いが一つ返ってきた。

「ご存知かとは思いますが。スカウターは故障品と引き換えでなけばお売りすることが出来ない規定となっております。まことに恐れ入りますが、故障したスカウターを……244個お持ちになっていらっしゃってください……」
「在庫は半分“壊れている”ことにしろ。残りの半分をオレが全部買う」
「……。しかし122個ですとブルーカードで足りますし、ブラックカードを出されましても……申し訳ありませんが釣銭の額が大きすぎて当店のレジスターではお支払いすることができませんのでお引取りを」
「釣りは要らん。その代わり、そこにあるスカウターを一つ残らず破壊して溶鉱炉にぶち込んで来い」
「……。それが知れると私の首が飛ぶのですが?」
「だからその為の“チップ”だ。上のヤツから下っ端のクズまで、徹底的に買収してこのことを完璧にもみ消せ。お前は職業柄、この手の取引きはお得意なんだろ?」

深く、長いため息が、店の中から聞こえてくる。
しばらく黙っていた店主だったが、やがてカチカチと素早くキーを打ちだした。
何度も椅子の背もたれが軋む音がした。
ため息と、キーの音が何度も繰り返された後、店主はコツコツと足音をたてて小窓に寄ってきて

「お買い上げありがとうございます」

と低く言い、ブラックカードを受け取った。

朝食の時間になると、リクームが動き始めた。
昨日と同じく、30階の食堂に入ったようだった。
スカウターで動きを見ただけで、ぶわっと全身鳥肌が立ったが、ベジータは気合を入れ直して歩を進めた。
その脚が、やけに重かった。
30階の食堂のドアの前まで来て、ベジータはしばらく動かずにいた。
気持ちを落ち着かせようと、何度も呼吸を整える。
本心は、あの気味の悪いリクームのそばになど近寄りたくもないし、この食堂を丸ごと破壊してやりたいぐらいなのだ。
だがそうもいかない。

(恐れていては何もならんではないか。……行くぞ。行け!)

ベジータは腹をくくって、食堂のドアを開けた。
中を見ると、既にリクームは中央テーブルの席に着き、周りの戦闘員達と楽しげに談笑していた。
居るとはわかっていても、実物を目の当たりにすると、ベジータの身体はどうしても緊張してしまう。
リクームの周りには多くの戦闘員が輪になっており、『リクームくんと愉快ななかまたち』の図を見事に作り上げていた。

「へえ~知らなかった。リクームさんって、意外に優しい人なんだな」

ドア近くのテーブルについていた戦闘員が、ポツリと呟いた。
リクームを見ると、明るく冗談を言って戦闘員達を笑わせたり、手相占いをして相手の幸福を予言したり、「目の疲れにはこれがいいんだよ~」と言って果物を振舞ったりしている。
確かに傍目には、優しく気のいい、のっぽのお兄さんにしか見えなかった。

(愚かなクズ共め……そいつの本性も知らずヘラヘラとなつきながって……!)

「あっ!!おはようベジータちゃーーーーーん!!」

ベジータを見つけると、リクームが大声で挨拶しながら手を振ってきた。
すると、周りにいた戦闘員達がドアの方に振り向き、「わー!」と叫んで、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席へと走っていった。

「あれ?あららら~~……。こりゃあ相当嫌われてるねベジータちゃんは」
「どけ」

中央テーブルに居座る巨体に、顎で指図するベジータ。
しかし、当然そいつが退くことはなく

「ベジータちゃん、一緒にごはんを食べようよ」

と言って、ニカーッと笑いかけてきた。

ベジータは、己の不安や思惑を気取られぬよう、無表情のまま、いつものように食堂を闊歩し、いつものように中央テーブルの席にドカッと座り込むと、不機嫌そうに腕を組んだ。
リクームがすぐに、隣にくっついてくる。

「オイ厨房!!早く持ってこい!!殺されたいのかーー!!」

ベジータが怒鳴ると、周囲の戦闘員達が「ひえーっ」と肩をすくめた。
そして数秒もたたぬうちに、厨房の方からコック達が走ってきて、中央テーブルにドカッ!!と大皿を置くと

「ベジータさまおはようございます!!」

と早口で挨拶して、ダダダダ!!と厨房へ逃げるように走っていった。
途中、ナイフとフォークと取り皿を置き忘れた事に気づいたコックの一人が慌てて戻ってきて、テーブルに素早く並べると、またダッシュで引き返して、途中で転んだ。
リクームはそのドタバタの一連を見ると悲しそうに眉尻を下げ、

「う~ん。ここのコックちゃんは大変なんだねえ。可哀相~」

と言って、テーブルの方に向き直った。

「げええ!!なんだこりゃーーー!!」

リクームが、テーブルの上を見ておおげさにのけぞった。
今日の料理は、モグロのカラアゲだったのだ。
パンも、サラダも、スープすらも無く、カラアゲだけだ。
それが、大皿を割らんばかりの重量をもってして、ドッシリと載っていた……。
モグロの巨大な肉体はどこも切断されておらず、デブの原型をしっかりと留めている。フライされて茶色くなった顔を見ると、白い歯を剥きだして、ニタリと笑ったままだ。
首ぐらい落とせんのか、とベジータが文句を言ったが、既にコックは全員、厨房内に逃げこんでいた。

「うっわーー……。これは……。まっずそーだねえ~~~」

怖がりながら大皿に顔を近づけ、湯気のたつカラアゲの匂いを嗅いだリクームだったが、

「げええ!!くっせえーーー!!」

と叫んで再びのげぞり、鼻をつまんだ。

「そうだ。酷い匂いだ。これを切るともっと強烈に匂うぞ?……吐きたくなけりゃ今すぐここから出て行くんだな」

銀のナイフをカラアゲのふとももにブッ刺して、ザクザクと乱暴に切ると、言葉通りの悪臭が熱気と共に立ち上る。中央テーブルの真上には、大きな換気口があり、モグロの匂いを強力に吸い上げて外に排気していた。他のテーブルに、匂いが及ばないように配慮されているのだ。それでもテーブルについてモグロの近くに居ると、その匂いは凄まじく、リクームは口呼吸を続けるしかなかった。

「ベ、ベジータちゃん。昨日の料理は、こんなに臭くなかったよ?どうなってんの?なんなのコレ?」
「昨日のは燻製だったからだ。あれはモグロ料理の中でも高級の部類だから、滅多に出てこん」
「ね、ねえベジータちゃん。サイヤ部隊はお金持ちなんでしょ?どうして普通の料理を頼まないの?」
「金の問題ではない。オレ達が毎日他の連中と同じ物を食っていたら、食糧の供給が追いつかんのだ。オレ達に許されている食事の種類は限られているのだ。……軍法で、きっちりとな」

サイヤ人が効率よくカロリーを摂るにはモグロしかねえんだ、とブツブツ言いながらモグロを飲み込むベジータ。
そして鼻をつまんでしかめ面をしているリクームを、冷たく一瞥した。

「……そういや貴様、さっき『一緒にごはんを食べようよ』って言ってたな……。オレは別に構わんぜ。ただし、このモグロを一緒に食うんだ。貴様には臍から下をくれてやる。さあ食えよ、遠慮するな」

ベジータは銀のナイフをぞんざいに放り投げ、リクームを挑発した。
リクームは「うえっ?」と困惑の表情を見せた。

「ソレを全部食えたら……貴様と一緒に遊んでやってもいい」

ベジータは薄笑みを浮かべて付け加えた。意味ありげな流し目を寄越しながら。
するとリクームの目の色がいっぺんに変わった。
半分背けられていた顔が、ベジータの顔にくっつくぐらいに迫ってきたのだ。
グワッ!と見開かれた目には何かドロドロとした欲望が満ちていて、それを見ているだけでも目が腐りそうだったが、ベジータは負けじと挑発的な表情を保った。

「い、いま、なんて、いったの?」

リクームが震えながら訊いてきた。
ヨダレが垂れるのではないかと思われるほどに、口元がだらしなくゆるんでいた。
目の前の妖怪みたいなヤツを、思わずぶっ飛ばしそうになったが、ベジータは懸命にこらえて平然を装いつつ、流し目を続ける。

「このオレと2人っきりで遊びたいんならソレを食ってみろっていったのさ。ふふ!食えるもんなら食ってみやがれこのド変態のクソ野郎!」
「うにゅ」

リクームが、変なうめき声を出した。
ふう、ふう、と呼吸が乱れて熱くなり始めている。
頬がポーっと紅潮してきた。
少年の流し目と、生意気な口調と態度に、興奮しているのだ。

「ほ、ほんと?ほんとに遊んでくれるの?ねえ、ベジータちゃん、ほんとに?」
「オイ、貴様のその耳は腐ってるのか?それとも脳が腐ってやがるのか。オレはなあ、一度で話を覚えんような馬鹿が、死ぬほどキライなんだ。特にてめえみたいなウスノロの馬鹿なんかは、最高にムカつくぜ!虫でも湧いてんじゃないのか?いっぺん軍医の所に行って脳の検査でもしてきやがれ!」
「にいやああああ!!」

脚をばたつかせながら、変な声をあげるリクーム。
股間を両手で押さえつけている。
性的興奮で下半身に変化が起こっているのだろうか。
なんであれ、その仕草が気持ち悪くてしょうがない。ベジータは反吐が出そうだった。

「ベ、ベジータちゃん……やっぱりベジータちゃんは凄い……ほ、本物の“少年様”だああ……。食べる……食べるよ……食べたらすぐに、オレといっしょに、あそぼうね?……ね?」
「ふふふ。ああ、遊んでやるぜ、いくらでもなあ~。その代わり、爪先まで残さずに、全部食うんだ……。あさましい乞食みてえに一心不乱にガツガツと!!さあ早く食って見せろよブタ野郎!!」
「キャアアアアアアアア!!!!!」

リクームは甲高い奇声を発して、ナイフとフォークを鷲づかみにした。
興奮しきって、理性を失っているように見えた。銀のナイフをズブズブとモグロの下腹に刺して、物凄い速さで喰らい始めた。
「おえっ」と何度もえずいた。
その度に、ナイフを持つ手が止まる。
あまりの不味さに、ついには涙を流した。
しかし、それでもリクームは、「オレは絶対にベジータちゃんと遊ぶんだああああああ!!!」と奮起して、猛然とモグロに立ち向かうのである。
厨房の連中でさえガスマスクを着用しなければ調理できないという、フリーザ軍最悪の食材、モグロ……。それを、鼻水垂らして泣きながら必死に喰らっているリクームを見るにつけ、やはりこいつの変態性欲は尋常ではないのだと、改めて背筋が寒くなった。
奮闘するリクームをそのままにして、ベジータはモグロの上半身を食べ出した。
相変わらず最悪の不味さだったが、淡々と食べ続けた。
食べて体力をつけておかなければ、リクームと闘い続けることが出来ない。

「いででで………」

30分ほどたって、なんとリクームは、本当にモグロを完食してしまった。
だがその顔には、達成の喜びの色は無く、おびただしい脂汗と苦渋の色ばかりが浮かんでいる。 とっくにモグロを食べ終わって待っていたベジータが、素っ気無い声でたずねた。

「どうしたリクーム」
「……お……おなかが……」
「痛むのか?それは大変だな。医務室へ行ってきたらどうだ。メディカルマシーンで、タダで治せるぞ。……2、3日はかかるだろうがな」
「い……いやだよう……オレはベジータちゃんと……今すぐ……」
「遊びたいのか?良かろう遊んでやる。約束だったからな。……じゃあ鬼ごっこでもやるか。貴様は好きなんだろう?オレを追いかけるのが……」

匂い消しの水を一気に飲み干して、ベジータは冷静に言った。
リクームは、背中を丸めてテーブルの上に額をのっけて苦しんでいた。両手で腹をかばっている。
動けずにいるリクームの耳から、スカウターをそっと外すと、がら空きになった耳の中に

「まずは貴様が鬼だ。さあ、このオレ様を探し出して捕まえてみろ」

と誘い文句を吹き込み、スカウターを奪ったまま食堂を飛び出した。

「あ、ああ~……ベジータちゃん待っ……いででで」

背後から、リクームの情け無い声が聞こえた。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。

「ヤツが馬鹿で本当に良かった。あんなに簡単にひっかかるとはな」

リクームから奪った新型スカウターは、ベジータの手によって粉々に潰された。内蔵されていたメモリーも、完全に塵にされた。
それを野外のドブ川に捨てると、今度は基地から遠く離れた旧食料庫へと向かった。
もう何年も使われていないその建物の扉は、ひどく錆びていた。赤茶けた鍵を壊して、扉を開け放つと、中にいた鼠や虫やらが光から逃げるように物陰に走り去った。
広大な旧食糧庫の中は、大量のドラム缶、割れた瓶、カビの生えた木箱などが乱雑に転がっていて、コンクリートの床には小動物の屍骸や糞がへばりついていて、歩くとベタベタした。
非常に不潔な施設であった。
ベジータは、あえて不衛生な施設を選んで、隠れようと考えたのだ。

「リクームが張るとすれば、オレの私室のある33階、食堂、ハーレム前ぐらいか。大の不潔嫌いのオレが、よもやこんな場所に身を隠しているとは想像もつかんだろうな」

なんせあの野郎は馬鹿だからな、と白けた調子で言うと、ベジータは食糧庫内を飛び回り、なるべく清潔な場所を探した。

うずたかく積まれたドラム缶の上が比較的綺麗だったので、そこに座ると、スカウターで敵の居場所を調べた。
リクームはまだ、基地30階の食堂にいるようだった。

「へっ!あなどりやがって!モグロの肉が貴様の弱い胃液でまともに消化できるわけがなかろう!吐こうったってそうはいかんぞ。モグロの肉片は胃壁にしつこくくっついて離れんからなあ~。せいぜい苦しみやがれ!ハハハハ!!」

悪態をつきながら高く笑うと、その声は、広い食糧庫内によく響き渡り、こだまとなった。
胸のつかえが取れて、清清しさを感じた。
こんなに気持ちよく嗤ったのは、随分久しぶりのような気がする。
ずっと身体にとりついていた、変な緊張が一気に時ほぐれて、手足が弛緩してきた。
ついでに頭の中まで弛緩してきて、ふわふわと穏やかな眠気が訪れた。
ここ数日、ろくに睡眠が取れてなかったため、その反動は大きい。

……モグロは果たして、どれ程の時間稼ぎをするだろうか。
新しいスカウターを入手できない様に、一応根回しはしておいたが、他の戦闘員に自分の居場所を聞き出してやってくる可能性がある。
もしかすると、脅迫罪等のリスクを犯してでも、他の戦闘員のスカウターを無理矢理ぶんどって、自分を探し出すかもしれない。
執拗なリクームのことだから、あらゆる可能性を考えて、先を見越していなければならない。

「ギニューが帰ってくるまで……なんとか逃げきらねば」

油断は決して許されない。
のんびりしている暇など無い、またすぐに新しい策を練らなければならないのだ。
今はほんの少しの時間稼ぎでしかないのだ、と思いながら、ベジータはドラム缶の上で小さく横たわって、いつのまにか泥に呑まれる様に眠り込んでしまった。

……………
……………
……………

目が覚めると、暗闇の中だった。
食糧庫の鍵は壊したから、扉を閉めても僅かに開いてしまい、外光がうっすらと入り込むはずだったが、その光の筋が見えない。
まさか、もう夜になってしまったのかとスカウターに時刻を表示した途端、ベジータは驚きのあまり絶叫しそうになった。
なんと、スカウターのパネルに、リクームの反応が大きく出ていたのだ。

【ターゲット】後方に有り
【距離】約5メートル

「なぜ……!」

ベジータが振り向きかけると、背中に、大きな岩山が激突したかのような衝撃が襲った。叫ぶ間もなくドラム缶の山の頂上から真っ逆さまに落下し、汚い床に全身が激しく叩きつけられた。
腹と床の間で、ブチャ、と柔らかいものが潰れる音がした。
腐乱した鼠の屍骸だった。
ドッと異臭が立ち込める。
ベジータは吐き気を催した。
潰れた鼠の屍骸の匂いにではない。
背中に乗っかって、グイグイと体重をかけてくる者の、不規則な息遣いに、吐き気を催したのだ。

「ベジータちゃん!見ーつけた!」

それは子供のように明るく無邪気な声であるのだが、耳を澄ませばかつて耳にしたこともないような歪な音が含まれており、穢れを知らぬ12歳の少年に、冷水をぶちまけられたような恐怖をもたらした。
ベジータは一瞬硬直状態になったが、殆ど本能的な動きでてのひらだけを後方に向けて、生臭い息を吹きかけてくる顔を狙い閃光を放った。

「おっとっとー!」

リクームはおどけながらその光線を避けた。天井のあたりで爆発音が二度聞こえたが、穴は開かなかった。
焦っていたから、大きな気弾が放てなかったのだ。
体勢を少し崩したリクームを思い切り突き飛ばすと、息を殺して音も無く飛んだ。闇の中、物が複雑に積まれている箇所をスカウターで見つけ、隙間にすばやく潜り込む。
そしてパネルに表示されている時刻を見ると、ベジータは愕然とした。リクームがモグロを食ってから、20分も経っていないのだ。
あれほど大量のモグロを食していながら、なぜこんなにも早く動けるようになったのか……。

「ベジータちゃ~ん。どこ~?オレと一緒にあそぶ約束だったでしょ~~?」

えへへへ、と嬉しそうに名前を呼びながら、リクームはまるで見当違いの場所をうろついている。
どうやら、スカウターは装着していないらしい。
それでは、他の戦闘員からこの場所を聞きつけてやってきたのだろうか。

「う~ん、困ったな。扉を無理矢理に閉めちゃったから真っ暗で何も見えないなあ。でもいいの、オレは声だけのほうが、逆に想像を掻き立てられるんだよね~。明るい所で遊ぶのも楽しいけど、オレはやっぱり暗い方が好きなのよ。さあ出ておいで~~~」

ドラム缶を乱暴に蹴散らしながら、食糧庫の壁を伝って、リクームはゆっくりと歩き出す。
ベチャ、ベチャ、と、粘々した足音が大きく鳴り響いた。
どこかな~~、どこかな~~とベジータを呼ぶ声が、どんどん低く、妖怪じみてゆく……。

「いやあ~~あのモグロってヤツには正直参ったね。だって、吐こうとしても吐けないんだもん。オレ、ちょっと死ぬかと思っちゃった。でもね、周りの人たちがオレの事心配してくれて、薬局で一級の胃薬買ってきてくれるって言ってくれてさあ。オレのカードじゃ金額が足りないからムリだよって言ったら、皆がカード貸してくれて、ギリギリ買えたのよ。やっぱりもつべきものはトモダチだよね」

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

汚く濡れた足音が、壁を伝ってベジータの方に寄ってきた。スカウターでリクームの位置を確認し、一定の距離を保ちながらベジータは移動した。

……成る程、一級の薬を飲めば、ある程度は消化が助けられて苦痛は治まるだろうし、誰しもが思いつく回復方法である。だが、一級の薬物というのは非常に高価で、一介の戦闘員が持つカードごときでとても買えるものではないのだ。それでも手にいれられたということは、おそらくあの食堂に居た殆どの戦闘員が、リクームの為にカードを援助したのではなかろうか。
リクームは、あの友好的な演技で巧みに人心掌握し、窮地を逃れたのだ。
多くの者達を味方につけたリクーム……もはや自分を性的ターゲットとして狙っている事など、誰も信じないだろう。訴えたとしても、一笑に付されるだけだ。
そう考えると、とてつもない孤立感を覚えた。
逃げ道がどんどん狭められてゆくような、追い詰められた気分。
早く人目のある場所へ逃げなければならない。この、2人だけの状態は非常に危険だ。

本基地を離れたのは失策だった。

(ヤツが食糧庫の真南に来たところで、エネルギー弾で弾幕を作り目くらましにする……!スカウターでオレの位置を測れない分リクームには絶対にロスが生まれるはず……あのモグロを大量に食ったんだ、ヤツとて薬を飲んだばかりでは、全回復しているとは限らん……!オレの動きに……ついてこれるか……?)

ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、ベチャッ、

狙い通りに敵が真南に来たのを見て、ベジータは床一面に豆でもまくように、無数のエネルギー弾を放った。
バババババ!!!と爆竹がはぜるような、けたたましい爆発の連続。
床のコンクリートがあちこち砕ける音と共に、煙が食糧庫内いっぱいにたちこめて、「わっ!!」とリクームの驚く声がした。
ベジータは後ろ手でドアを押した。
自分の体がギリギリ通れるだけ開けて、すばやくすり抜け、すぐに閉めた。
一瞬食糧庫内が見えたが、真っ暗だった。
中の煙は黒い。
北の基地に顔を向けると、暗闇に慣れていた分陽光は強烈だった。
眩しさのあまり目をつむったが、構わず北の基地に向けて全力で舞空した。 ひたすら北へ、北へと。

数秒後、明るさに目が慣れてきて、うっすらと目をあけてみると、

「わっ!!」

今度は、ベジータが驚く番だった。



「つっかまえたーーーーー!!!!」
「ぎゃーーーー!!」

まるでタコが貝を覆い尽くすように、熱を持った巨体が小柄な少年をすっぽりと捕らえた。
ベジータの目論見に反して、リクームは全く遅れる事無く後を追いかけてきたのだ。

「きっ……貴様スカウターを……!!」

ぎゅううう、と抱きしめてくる巨躯の馬鹿力で潰されそうだった。
ベジータは懸命に首を捻って、リクームの顔を見た。
リクームの顔には、スカウターは装着されていなかった。
ただ、あの旧食糧庫の床を思わせる、不潔でベトベトした、汚猥な笑みが張り付いているだけだ。
その不気味さと、リクームの動きの不可思議さに絶句し、息が止まりそうになった。
そしてすぐに顔を逸らし、暑苦しい体躯の中で身体を小さく縮こませて、掠れた声でたずねた。

「……なぜ……分かった……?」
「なにがあ~~~?」
「……スカウターを使わずして……貴様はなぜ……オレの動きを……」

ぎゅううううううう。

リクームがますます力を込めて、抱きしめてくる。首筋にモロに息が当たって、「ひっ」とベジータの口から、声が漏れた。

「へへへ。何言ってんの~?スカウターなんか無くっても、オレには匂いで分かるんだよ。ベジータちゃんがどんなに体を清潔にしていても、その匂いだけはごまかせない」
「にっ…匂いだとお!?」
「そうだよ~。特にベジータちゃんのはいい匂いだから、すっごく分かりやすい。ベジータちゃんが大人になったあの日、オレには一発で分かったね。上の階まで匂ってきたからね。ああベジータちゃんもやっと年頃になったんだってオレは嬉しくて嬉しくてたまんなくって、遊興施設の男娼をベジータちゃんに見立てて遊んだ程だったよ」
「き……貴様か……貴様が言いふらしやがったのか……」

……己の秘するべき性的な事柄を、基地中に言いふらした低俗なスピーカー野郎……
それはリクームだったのだ。

怒ったベジータは唸り声をあげ、腰から尻尾を解いて、鞭のようにして思い切り振るった。
バアン!!と肉を引っ叩く音がした。
リクームの尻のアンダーに破れ目が出来て、かすり傷から血が流れた。

「いっでーー!!」

リクームは痛みで叫んだが、すぐに「あへえ」と腑抜けた声を出し、「ああ~~これがベジータちゃんの尻尾かあ~~。痺れちゃう~~」などとマゾヒスティックな反応を示したので、ベジータはいよいよ末恐ろしくなってきて、巨躯の腕の中で必死にもがいた。

「離せこの……!!畜生ーーー!!」
「隙あり~~」
「ぐえッ!!」

突然体が解放されて、呆気にとられた所に、重い鉄球のようなものが腹にぶち込まれた。リクームの回し蹴りだった。
内臓が強く圧迫され、胃の中のものが逆流しそうになった。
ベジータの頭の中には何も対策が浮かばない。
そのまま蹴りの勢いで、一直線に旧食料庫まで飛ばされ、派手に扉を破り、ドラム缶の山に滅茶苦茶に突っ込んでいき、汚い床に身を滑らせてあの潰れた鼠の屍骸の所でやっと止まった。

「げええッ……」

口から、唾液がダラダラと垂れた。
吐きそうだったが吐けない。
無防備の身体に打ち込まれたリクームの蹴りは、肉体だけでなく精神的にもダメージを与えてベジータの思考を鈍らせた。
背中の上に、ドスンと熱い塊が落ちてきて、さらに腹に痛みが加わり叫びが上がった。
身を起こそうとしていたベジータの体が、床に押し付けられる。
ふーーー、ふーーー、と激しい呼吸が、うなじに吹きかけられた。

「鬼ごっこはもうお終い。さあベジータちゃん、約束通り、オレと楽しい事して遊ぼう」

……狂喜した淫獣の声。

リクームは戦闘服のポケットからなにやら取り出すと、ベジータに見せ付けた。
扉から漏れるわずかな陽光をキラリと反射しているそれは、モグロを食う際に使った、銀のナイフだった。
ベジータはギョッとして、冷や汗を垂らした。混乱した中でもそれが何かの為の凶器なのだという事だけは分かる。

「あのモグロの肉は固かったけど、ベジータちゃんのは柔らかいのかな?」
「何……何を……」
「するかって?へへっ!狭いとなかなか入らなくて困るでしょ?だから最初の子は、挿れやすいようにちょこっとだけ切るのよ。うおお…、あのモグロさすがに高カロリーなだけあるな、オレこんなにデカくなったの初めてかもしんねえ……」
「うわっ!!!」

リクームが、硬くなった性器を、ベジータのアンダーに擦りつけてくる。
「ぎゃあああ!!」と叫んでバタバタと暴れたが、後ろから首を絞められ顔を床に押し付けられた。
半分血流を止められ、ぐらあ、と眩暈がして気絶寸前になりながらも、ベジータは掠れた声で途切れ途切れ話した。

「こ……このような事をして……ただで済むと……重罪……貴様……間違いなく死刑に………」
「なるはずだって言いたいんだろ?分かってるよそんな事。ベジータちゃんは第四小隊長でフリーザさまからも目をかけられてる逸材だもん。そんな子を強姦するなんてとんでも無いことだね。でもさあベジータちゃん。こういう事は2人っきりの秘密にすればいいんだよ。ベジータちゃんだってそのためにわざわざこんな誰も近寄らねえようなきったねー場所選んだんでしょお~~~?」
「……ふざけるな……オレに手を……出しやがったら……スカウターで法務に」
「通告するの?やればあ?でもベジータちゃんにそれが出来るかなあ?『便所よりも汚い廃墟で、童貞のオレはリクームにレイプされました。何度も犯されてケツに中出しされました。しかも不本意な事に、オレはイカされてしまったんです。こんなヘンタイヤローに陵辱されたオレのプライドはズタズタです。リクームを即刻審問にかけてください』なんて、誇り高ーい王子のベジータちゃんの口から……、えへへへ言えるのかなあ~~~?」
「ころ……殺す……!!!!」

ドン!!

ベジータは後ろ手にしたてのひらから、燐色の光弾を撃った。それはリクームの肩の横を掠めて斜め上に飛び、廃墟の天井に穴を開けた。

「ひっでえコントロール!!いつもの賢い冷静なベジータさまはどこ行っちゃったのかな~~!!」

肩をゆすりながら、リクームがゲラゲラ嗤った。
間髪なく二発目の光弾が放たれたが、またもや外れてしまい、壁に穴を開けた。
心臓が喉から飛び出るほどに激しく鼓を打ち、滝のように汗が噴き出してくる。
とても平常心が保てる状況ではなかった。

「ベジータちゃんたら忘れちゃったの?戦闘員殺しも物凄い重罪なんだよ?ただの処刑じゃ済まされない事は知ってるでしょ~?……ま、そんなパニックの状態じゃ到底オレを倒すなんて無理だから、いいか。うわー、凄い汗だな」
「さ!!触るな!!」
「あ、そっか。先にここから、尻尾を抜かないと脱がせられないんだな。よいしょっと」
「うわーーーーーー!!!やめろおおおーーーーーーー!!!」
「無駄なあがきしてんじゃねえぞこのガキィ!!よくもあんなクソ不味いモン食わしてくれたなあ~~!!てめえはタダじゃあ済まさねえぜ10発以上は覚悟しとけ!!あとなあ、ケツ切るところからがオレの愉しみなんだからジッとしてろ!!その後も結構いてえだろうけど我慢しろよてめえは無敵のサイヤ人なんだから根性はあんだろ!?ぎゃはははは!!!オレとお前なら最高のマリアージュだあああーーーーー!!!!」
「ぎゃーーーー!!!!ナッパーーーーー!!!!」

首を振って、大声で叫んだ。
決して来るはずのない、忠臣の名を。
助けに来い、と言葉を継ごうとした時、ヒヤリ、と冷たいナイフがあてがわれる感覚を覚えた。
ベジータの息がそこで止まった。
リクームはヒヒヒと嗤った……。

崖っぷちに立たされた12歳の少年の脳裏に、『自死』という言葉がよぎる。
それは生まれてはじめての、絶体絶命の窮地だった。
オレはここで自ら死ぬしかないのかと。
オレにはこいつを殺す術はないのかと。
この世界から脱出することは不可能なのかと。
頭の中で様々な思考や疑問が生まれては、無残に砕けて、そのカケラは意識の奥のさらに奥底の、自身でさえ覗くことの出来ない深淵の闇に喰われていく。

喰われて喰われて何もかも。
頭の中に新たな思考が生まれることも無くなり、全身の感覚すらも失い、本当の“無”の状態になりかけた。
強張っていた体から、すーっと力が失われ、ふわっと浮き上がるような感じがした。

魂が、自分の中から抜け出てしまうような……。

「コラーーー!!そこ!!何をやっとるかーーーーー!!!!」

陰気な旧食糧庫内の汚れた空気を吹き飛ばすようにして、強く正しい叱責の声が突き抜けた。
その声で、絡み合っていた2人が、同時に身体を震わせた。

「うひゃ!!」

リクームが飛び上がって仰天し、大慌てでナイフと膨張した性器をしまいこんだ。
我に返ったベジータは、リクームが離れた事に気づくと、すぐに身なりを整えて猫のような素早さで物陰に隠れ、首をおさえて何度も咳き込んだ。
息がなかなか整わない。
恐怖で強くつむっていた目を少しあけると、スカウターの表示が飛び込んできて、「あ!」と驚いた。

「わわわわ……たたた、隊長おお………」
「……リクーム。お前。こんな所で一体何をやっているのだ?」

突然現れたのは、基地を留守にしていたはずのギニューだった。 ベジータはガタガタ震える体を両手でかばいながら、粛としたその声の方を、そっと覗き見た。
旧食糧庫の、錆びた扉は大きく開け放たれ、その入り口には外光をバックにしてギニューの黒いシルエットが端然と立っている。
その仁王立ちの姿は神々しい程立派で、後光まで射して見えたほどだ。

「あの~~~!えっと、ひ、暇だったんで、ここのお掃除でも、しようかなあ~~~、なんて、あはははは」
「……リクーム、正直に答えろ。お前はベジータに何をしようとしていたのだ」
「うひい~~~!!!」

隊長勘弁してください~~!と叫びながら、汚い床に土下座するリクーム。
それを見て、ギニューは目頭を押さえて、深刻なため息をついた。

「何という事だ……お前の動きがおかしいと思って、帰ってきてみれば案の定……」
「隊長おお~~!!オレはただ、ベジータと特戦隊式の相撲やってただけですう~~!!オレはまだ何も」
「『まだ』?『何も』?」
「うひゃあ~~~!!!」

隊長勘弁してください~~と叫びながら、今度は床にガンガン額をぶつけ始めるリクーム。
ギニューはこめかみを押さえながら、苦々しい顔をしてベジータを呼んだ。

「ベジータよ……。こっちに来て、身体を見せろ」
「……なぜだ」

ベジータは低い声で返した。震えていることを悟られぬよう、懸命に虚勢を張りながら。

「お前の身体に傷がないか確かめるためだ。……リクームに、その……、何もされなかったかどうかを……」

ぎこちなく、遠慮がちに説明をするギニュー。
リクームはそわそわと落ち着かない様子で土下座を続けていた。
ベジータの心の奥底から、恐怖のなれの果ての産物である、激烈な怒りが噴出してきた。
そして口から炎が出るほどの剣幕で怒鳴り上げた。

「オレは何もされとらん!!それよりも貴様あ~~~!!隊長であるならば部下の“管理”ぐらいキッチリ務めやがれえーー!!こっ…こんなトチ狂ったバケモン…!!基地に残して呑気に旅行なんかに行きやがって……!!こういう変態野郎は首輪でもつけて24時間監視しておけ!!ついでに根こそぎ去勢もしておけバカヤローーーー!!」
「べッ……!ベジータ……!……す、すまなかったこの通りだ……!」

『バケモン』、『変態野郎』、『監視』、『根こそぎ去勢』……。

これらの単語で、いかにベジータがおぞましい目に遭ったか悟ったギニューは、深く頭を下げて詫びた。

「……ベジータ、本当だな?本当に、何もされなかったのだな?……その……性的な被害は……」
「何もされとらんと言ってるだろう!!もういいから今すぐにそのバケモンをとらえてここから立ち去れ!!早く行けぶっ殺すぞ!!!」
「本当にすまなかった……。コラ!!リクーム!!お前もきちんと謝らんかーーー!!」
「ご、ごめんちゃい、許してちょーだいベジータちゃん」
「重ねて詫びる。……ベジータ、お前の言うとおり、これからは私が責任を持ってリクームの行動を管理する。だから安心して、この先の軍務にあたってくれ。……それと、後で詫びの品に慰謝料を添えて、お前の私室に届けておく。お前にとっては不快以外のなにものでも無いかもしれんが……。どうか受け取ってくれると有り難い。コラ!行くぞリクーム!立たんか!」
「はい~……」
「気分を害してすまなかった。許してくれベジータ」

ギニューは最後まで、ベジータに対する丁重な謝辞を忘れなかった。
それが嘘の言葉ではないことが、真剣な声音で分かった。
やっとリクームから解放されると、自分が受けた凶行にムカムカと腹が立ってきて、暴言の二つ三つ喚きたててやりたかったが、ギニューの真摯な態度を思うと、自然と溜飲が下がっていった。

部下の失態を認め、自分よりも身分の低い者に対して頭を下げ、すぐさま対応を示してきた第二小隊長、ギニュー。
フリーザ軍屈指の強さを誇る特戦隊のリーダーは、戦闘力や統率力だけでなく、人格も一流であるのか。
自分ならば、ギニューのように、下の者に対して頭を下げるなど、どんな理由があろうと出来ない事である。
それを考えるとやはりギニューは、普段はふざけたポーズをとったりして馬鹿をやっていても、その実、信条や人生観においてはかなり洗練された者なのではないか、もしかすると軍で唯一、まともに話の通じる者なのではないかと、ベジータは思うのだった。

そうこう考えていると、外からやいのやいのと特戦隊のメンバーの声が聞こえてきた。

「おいコラリクーム~~!お前のせいでオレらの旅行がおじゃんになっちまったじゃねえかよ~~!今度はどんなヘマやらかしたんだよう!」

バータの声だ。
リクームは、えーんえーんと泣きながら答えた。

「うう!だってオレ……皆に置いてかれて……ひとりぼっちで寂しくて……遊び場も無くなっちゃって……ついベジ」
「リクーム!!喋るな!!」

リクームの言い訳を、ギニューが厳しく遮った。「ひゃあ」とリクームのビビリ声がした。

「良いかリクーム!お前がしでかした……いや、しでかそうとした事を周囲に広める事によって、さらに名誉を傷つけられる者が居る事を決して忘れるな!今回の件は絶対に他言無用!バータ、グルド、ジース!お前達もリクームを追及するんじゃない!これは隊長命令だ!分かったか!」
「ひえーー了解しましたーー!」
「バータ!了解しました!」
「グルド!了解しました!」
「ジース!了解しました!しかし隊長!リクームに罰は無いんですか!?こいつのせいでオレ達の旅行はつぶれちまいましたし、宿のキャンセル料だってバカにならないです!!」
「ううむ……」

ギニューが考え込むと、急に静けさが訪れた。
ぎゃあぎゃあとうるさかった特戦隊のメンバーは、神妙にして、隊長の判断を待っている。

ギニューの“隊長命令”を聞いて、ベジータはほっと心が安らぐのを感じた。
リクームに性的ターゲットにされて、本当に犯されかけたなどと軍内に知れ渡れば、からかいのネタにされるに決まっている。

そんな事は、屈辱以外のなにものでもない。
それをギニューは、慮ったのだ。
やはりギニューはまともな者なのかもしれない。表面的な部分だけを見て、ふざけたアホと決め付けていた自分を、ベジータはほんの少しだけ、恥じた。

「ジースの言い分も、もっともだな……。ではリクームには罰として、“おしりぺんぺん”をしよう」
「お、おしりぺんぺん!?そんな軽い罰でいいんですか!?オレは“デコピン”あたりが妥当だと思うんですが……」
「ジースよ……。今回の件は、オレにも責任があるのだ。リクームを一人だけで基地に残してしまったオレの判断は誤っていた。だから、“おしりぺんぺん”でなんとか許してやってくれんか?」
「え?……いやまあ……。隊長がそうおっしゃるなら、それでいいですけど……」
「うう……隊長お~~。ありがとうございます~~」

リクームの嬉し泣きが聞こえてきた。
甘ったれたガキのようで気色悪かった。

「我々は皆仲間なのだ。仲良くせねばならん。互いに思いやりの気持ちを忘れてはならないぞ?」
「た……隊長……」
「くっ……なんてすばらしいお方なんだ……」
「オレ、特戦隊に居られて本当に幸せです」
「ギニュー隊長のおしりぺんぺんなら、何発でも受けます!」
「みんなあーーーーー!!オレは優しいだろおーーーーー!!」

サイコーーーッスよおおーーーーーーーーーーーー!!!!!

特戦隊の連中が、揃って拳を上げて、でっかい声をはりあげる。
ベジータは、なんだかとても嫌な予感がしてきた……。

「よし。話はまとまったな。では、いつものアレをやるとしよう」
「はい!隊長!」
「グルドよ、お前が軸だ。位置を決めよ」
「えーと、オレはどこだっけ……」
「ばーか、リクーム。お前はこっちだろお~」
「隊長、こちらへどうぞ」
「皆、準備は良いか?」
「バッチリです隊長!」
「オッケーです隊長!」
「では全員で唱和せよーーーーーー!!!いちにのさん、はいッ!!!」

「5人揃って!!!!ギニュー特戦隊!!!!」

シャッキーーーーーーン!!!!

「うおおおっしゃああああああ!!!!キマッたあああああ!!!!!」

いやっほーーい!とハイタッチしながら、幼稚にはしゃぎまわる特戦隊。
その中には、笑顔いっぱいのギニューも混じって、ノリノリでジャンプして踊っていた。
浮かれて変な踊りを始める特戦隊を見て、ガックリとうなだれるベジータ。
己の中に構築されつつあった、気高いギニュー像が、一気に崩れ去る………。

「ギニュー……なぜだ……。なぜ貴様は……いつも最後にはそうなっちまうんだ……。やはり貴様は……アホなのか?……いったいなんだってんだ……ううッ……畜生!」

ファイティングポーズが完璧にキマッて満足したのか、どわははははと豪快に笑いながら去ってゆくギニュー特戦隊。
全く得体の知れない軍団である……。

今回はギニューの登場によって、なんとかベジータの貞操は守られた。
しかし、思春期を迎えたベジータの身には、この先も危険がつきまとうのである。
おそろしいモンスターは、リクームばかりではないからだ。

蓋を開けてみれば、フリーザ軍は魔の巣窟でしかない。



【終】

好长16万字








发表于 2011-9-10 20:00 | 显示全部楼层
小说。。同人小说?
哪里的。。还带着代码。。

发表于 2011-9-10 20:37 | 显示全部楼层
这贴没人帮你翻译,信不?

发表于 2011-9-10 22:32 | 显示全部楼层
这种同人文要搜多少就有多少。不可能是个懂日语的就会去翻。除非那个人自己很欣赏这些文章自愿去翻。这种求翻译的帖子出现了也不是一次两次了。我可以基本断言,没有人愿意翻。希望楼主理解。此贴没意见的话就锁了。

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