「いや~ちょっと色々あってさあ、オレ以外のメンバーが旅行に行っちゃって、オレ今、一人ぽっちなんだよ。しばらく一人で居たんだけど人恋しくなってさあ、それでこっちに遊びに来たって訳なのよ。ねえ~~ベジータちゃ~~ん。隊長達が帰ってくるまで、オレをサイヤ部隊のナカマに入れてくんな~~い?」
ズズズッ!!!
ベジータはたまらず、尻尾で椅子を思いっきり押し遣った。
その勢いで、リクームは派手にすっ転んだ。後方にあったテーブルの角に後頭部を激突させて、もの凄い音が鳴ったが、「あれえ?この椅子キャスターついてないのになんで勝手に動くのかなあ」と首をかしげながら、何事も無かったようにベジータの横に座りなおした。
「…………。仲間が欲しけりゃ他をあたれ」
ベジータが、モグロから滴る血をジッと見つめながら、低く呟いた。
殺気が尋常ではない。
ナッパとラディッツがビビッて、「ひいッ」と声を漏らした程だ。
「ええ~~!?いやだよ~~!他のヤツなんて、馬鹿だし雑魚だしつまんないよ~~!オレは賢くて強~~いベジータちゃんじゃなきゃ、ヤダヤダヤダ~~!」
リクームは幼児のように地団駄を踏んで、半分ふざけて泣き真似をする。
すると、食堂に居た他の戦闘員達が、沈黙を解いて徐々に雑談を再開しだした。
無邪気な態度のリクームを見て、サイヤ部隊に危害等を加える目的ではないのだと判断したようだ。
誰も気づいていないのだ。
幼稚に振舞うリクームの目の奥底に潜んでいる、猥雑な色と、醜悪な光に。
「我々第4が常に多忙なのは知っているだろう!!貴様なんぞの相手をしている暇など無いのだ!!とっとと失せろ!!」
ベジータは怒鳴ってテーブルに拳を叩きつけた。衝撃で、モグロの燻製が皿と一緒に跳ね上がり、べチャ、と気色悪い音をたてて落下した。テーブルクロスに、血と肉汁が飛び散って悪臭を放った。
ナッパとラディッツがビビッて、再び「ひいッ」と声を漏らした。
「おおーーっと!その手には乗らないよベジータちゃ~ん!報告書はさっき提出したんでしょ!?それにサイヤ部隊にはしばらく出陣予定は無いってフリーザさまがおっしゃってたよねえ!オレぜーんぶスカウターで聞いちゃったもんね!」
「……………」
「ありゃ。ベジータちゃん。勝手に会話聞かれたから怒ったの?ゴメンゴメン。でもオレ、ど~~してもベジータちゃんとトモダチになりたくて気になって……あ!そうそう!お近づきの印に、プレゼントも持ってきたんだよ~~」
怒りの形相を濃くして、固く腕組みしながら、歯を食いしばるベジータ……。
そんな様子などまるで無視して、フレンドリーな口調で喋り倒しながら、リクームはバスケットの蓋を開けた。
ふわっと甘い香りが漂った。
「あ」
とナッパが目を丸くした。
それからラディッツが、ガターン!と椅子と倒して立ち上がり、震えながらバスケットの中をゆびさした。
「……バナナ……バナナだあ……」
あうあぁ……と妙な喘ぎ声が漏れ、ラディッツの頬に一筋の涙が伝った。
バスケットの中にはバナナがぎっしりと詰め込まれていた。そのすべてが生のバナナだ。
サイヤ部隊が口に出来るバナナと言えばせいぜい、加工されたバナナチップスぐらいのものだったので、ベジータはその新鮮さに驚愕してバスケットの中を無意識のうちに覗き込んでしまった。
「へへーん凄いでしょ。オレ達特戦隊の領地は牧場だけじゃないのよ。果物畑も少し持ってんの。果物畑はこの基地から一番近い星にあるから、特急便ですぐに届くんだよ、生の状態でね」
「……う……」
「ど~お?ベジータちゃん。果物大好きでしょ~?好きなだけ食べていいんだよ~」
……目の前の大皿にはグロテスクな形状のモグロが生焼けの肉を晒しながら汚く横たわっている。
それに比べるとバスケットの中の果物は、天から恵まれた聖餐のように見えてくる。
その美しい黄色と、まばらに散っているシュガースポットの模様を見ていたら、恐ろしい程の飢餓感が襲い掛かってきた。
ベジータは迫り来る強大な食欲で自分がどうなってしまうか分からなくなってきた。そして、無理矢理に果物から顔を背けて、
「要らん!!」
と絶叫した。
溺れかけた者が、命からがら助けを求めるような、切迫した叫びだ。
「え!?要らないの!?」
「要らん!!そ、そんなエサで、オレの機嫌が取れると思ったら大間違いだあーー!!誰がてめえなんかを仲間に……!!」
「ちょ、ちょ、ベジータちゃん落ち着いて。分かったよもういいよ。ナカマは諦めるから……。でも、せっかく持って来たから、コレ食べてよ」
「要らんと言ってるんだ!!」
「あっそ。じゃあ、全部捨てるわ……。オレ、バナナってあんまり好きじゃないし……」
「捨っ………」
そっぽを向いていたベジータが、ギョッとしてリクームに振り返る。
リクームは、至極残念そうに首を振りながら、既にバスケットの蓋を閉じていた。「モッタイナイオバケがでちゃうなあ……」と、悲しげにため息をついている。
「す……捨てちまうん……ですか?」
棒のように突っ立ったまんまのラディッツがかすれた声で問いかけた。去り行く恋人を追うような、哀愁いっぱいの眼差しで、バスケットを凝視していた。
「うん……。残念だけど、ベジータちゃんが要らないって言うからさ……これはベジータちゃんの為だけに持ってきたから、もう用なしだ……」
「……モッタイナイオバケが……43匹ぐらい出ると思いますけど……?」
バナナの本数を正確に言い当てるラディッツ。
「だって……ベジータちゃんが要らないって言うからしょうがないだろ……オバケは怖いけど……我慢するしかねえんだよ……」
「でも、オバケ43匹ですよ?43匹っつったら相当の数ですよ?」
「うっせーな分かってるよ。でもベジータちゃんは要らないって言ってんだよ。なんだお前このヤロー、さてはこのバナナ狙ってんだな?お前なんかにはやらないぞー」
「ち、違います。オレはオバケの話をしてるんです。リクームさん、オバケの事舐めてませんか?絶対眠れないと思いますよ?それに呪いかけられたらどーすんですか?」
「……だって、ううっ……ベジータちゃんが……」
「食い物を、粗末にするな」
ちっちゃい声が、リクームとラディッツの問答に割り込んだ。
ベジータの声だった。 リクームとラディッツとナッパが、ハッとして視線を向ける中、テーブルの上に乗せた拳をガタガタと震わせて、声の主は続けた。
「貴様が、何も、見返りを求めんと言うならば、その果物、このオレが、受け取ってやってもいい」
途切れ途切れに言葉を紡ぐと、ギュッと唇を噛み締めて、ベジータはゆっくりと俯き、目を閉じた。
敗北だ。
ベジータは、果物の誘惑に打ち勝つ事が出来ずに、とうとう屈服したのだ。
フリーザ軍一を誇る悪食、モグロとの対比では無理もなかったが、果物の放つ強烈な魔力に負けたという事はリクームに負けたという事でもあり、それはベジータの自尊心を自ずと傷つける結果となった。
リクームはニタリと嗤った。
ベジータの負けを読み取ったのだ。
そして耳に手を当てて、
「え?ベジータちゃん?今なんて?」
と、わざと聞きなおした。
聞かれたベジータは黙ったまま、悔しそうに唇を噛み締めた。
「素晴らしいお言葉です王子ーーーーーーーーー!!」
バーーン!!とテーブルに手を叩き付けて、ラディッツが叫んだ。
その大声で、食堂に居た他の戦闘員が一斉に、「わー!」と驚いた。
「聞いたかナッパーー!!王子のおっしゃる通りだぞ!!く、食い物を粗末にするなんて、サイヤの道徳に真っ向から反する悪罪だ!!惑星ベジータじゃ、飯を残した野郎はどんな理由でも牢屋にぶち込まれたもんな!!オレ達サイヤにとって食い物ってのは、ソレぐらい神聖なものなんだ!!それを捨てるなんて、許すまじき悪行だ!!ここは仕方なく受け取るしかねえよな!!なあナッパ、そうだよな!?」
ボケッとやりとりを見ていたナッパに、ラディッツの尾がさかんに叩きつけられる。
(早く同意しろハゲ!!)と、必死の目配せがされている。それに気づくと、ナッパは「えあ!?」と頓狂な声をあげて、
「そ、そうだなうんうん!!受け取るしかねえな!!食い物を捨てるなんて大罪を、黙って見過ごす訳にはいかねえ!!サ、サイヤの魂が廃るぜ!!」
と、慌てふためいてラディッツに合わせた。
……ラディッツは即興で、そのような嘘を作り、王子の敗北をなんとか隠そうとしたのだ。
その優しい思惑が、ベジータにはすぐに分かった。
しかしそんな部下の心遣いが、ベジータの中では、よりクッキリと鮮明に、敗北の色を際立たせる事になってしまった。己の負けが悔しくてたまらず、ベジータは苦しげにますます深く首を垂れた。
「ああ、そう?良かった~~~。これでオバケ出なくてすむよ」
ニターと笑いながら、リクームはバスケットを開けて、バナナを一本千切り取り、ベジータに差し出した。
「はいどうぞ、ベジータちゃん」
「………」
「どうしたの?」
「………。本当だろうな……本当に何も……見返りを求めんのだろうな」
「んも~~~!ベジータちゃんたら疑い深いんだから……。そんな調子だから、いつまでたっても新しいトモダチが出来ないんだよ?」